・・・たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・それは大抵硝子の中にぎらぎらする血尿を透かしたものだった。「こう云う体じゃもう駄目だよ。とうてい牢獄生活も出来そうもないしね。」 彼はこう言って苦笑するのだった。「バクニインなどは写真で見ても、逞しい体をしているからなあ。」・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・西日を受けたトタン屋根は波がたにぎらぎらかがやいています。そこへ庭の葉桜の枝から毛虫が一匹転げ落ちました。毛虫は薄いトタン屋根の上にかすかな音を立てたと思うと、二三度体をうねらせたぎり、すぐにぐったり死んでしまいました。それは実に呆っ気ない・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・眼を遮るものは葉を落した防風林の細長い木立ちだけだった。ぎらぎらと瞬く無数の星は空の地を殊更ら寒く暗いものにしていた。仁右衛門を案内した男は笠井という小作人で、天理教の世話人もしているのだといって聞かせたりした。 七町も八町も歩いたと思・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・丁度昼弁当時で太陽は最頂、物の影が煎りつく様に小さく濃く、それを見てすらぎらぎらと眼が痛む程の暑さであった。 私は弁当を仕舞ってから、荷船オデッサ丸の舷にぴったりと繋ってある大運搬船の舷に、一人の仲間と竝んで、海に向って坐って居た。仲間・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・「短刀で、こ、こことここを、あっちこっち、ぎらぎら引かれて身体一面に血が流れた時は、……私、その、たらたら流れて胸から乳から伝うのが、渇きの留るほど嬉しかった。莞爾莞爾したわ。何とも言えない可い心持だったんですよ。お前さんに、お前さんに・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・葛上亭長、芫青、地胆、三種合わせた、猛毒、膚に粟すべき斑はんみょうの中の、最も普通な、みちおしえ、魔の憑いた宝石のように、ぎらぎらと招いていた。「――こっちを襲って来るのではない。そこは自然の配剤だね。人が進めば、ひょいと五六尺退って、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・よしんば、その色は彼のモネーなぞの使った眼を奪うような赤とか、紫とか、青とかあらゆる光線に反射するようなぎらぎらした眼の廻るような色彩のみでなくとも、極く単調な灰色とか、或は黒や白であっても此の気持は出せると思う。 明るい方面でなくて、・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・安二郎はもう五十になっていたが、醜く肥満して、ぎらぎら油ぎっていた。相変らず、蓄財に余念がなかった。お君が豹一に小遣いを渡すのを見て、「学校やめた男に金をやらんでもええやないか」 そして、お君が賃仕事で儲ける金をまきあげた。豹一が高・・・ 織田作之助 「雨」
・・・澱んで流るる辺りは鏡のごとく、瀬をなして流るるところは月光砕けてぎらぎら輝っている。豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。 河舟の小さなのが岸に繋いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、纜を解いて、棹を立てた。昔の河遊びの手練がまだのこ・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫