・・・何でも夫人の前身は神戸あたりの洋妾だと云う事、一時は三遊亭円暁を男妾にしていたと云う事、その頃は夫人の全盛時代で金の指環ばかり六つも嵌めていたと云う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこの・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・すると君、ほかの連中が気を廻わすのを義理だと心得た顔色で、わいわい騒ぎ立てたんだ。何しろ主人役が音頭をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立たせないと云うんだから、始末が悪い。そこで、僕は志村のペパミントの話をして、「これは私の親友に臂を食・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気ッちゃありやしない。串戯はよして、謹さん、東京は炭が高いんですってね。」 主人は大胡座で、落着澄まし、「吝なことをお言いなさんな、お民さん、阿母は行火だというのに、押入には葛籠へ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・省作はたしかに一方にはそう思うけれど、それはどうしても義理一通りの考えで、腹の隅の方で小さな弱々しい声で鳴る声だ。恐ろしいような気味の悪いような心持ちが、よぼよぼした見すぼらしいさまで、おとよ不埒をやせ我慢に偽善的にいうのだ。省作はいくら目・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・一体、わが国の婦人は、外国婦人などと違い、子供を持つと、その精魂をその方にばかり傾けて、亭主というものに対しては、ただ義理的に操ばかりを守っていたらいいという考えのものが多い。それでは、社会に活動しようとする男子の心を十分に占領するだけの手・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・どうせ、今度きた時分に、なにか持ってきてやれば、それで義理がすむのだ。」と、宝石商は考えなおしました。そして、その石をみんなもとのとおり包んで隠してしまいました。 おばあさんや、娘は、宝石商が寝てしまってから、なお起きて仕事をしていまし・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・舅の新五郎も泣けば義理ある弟夫婦も泣き、一座は雇い婆に至るまで皆泣いたのである。それから間もなく、新造は息を引き取ったのであった。 * * * 越えて二日目、葬式は盛んに営まれて、喪主に立った若後家のお光・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 一事が万事、丁稚奉公は義理にも辛くないとは言えなかったが、しかしはじめての盆に宿下りしてみると、実家はその二三日前に笠屋町から上ノ宮町の方へ移っていました。上宮中学の、蔵鷺庵という寺の真向いの路地の二軒目。そして、そこにはもう玉子はい・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・恩も義理も知らぬ仕打ではないか!」 老父は耕吉の弁解に耳を仮そうとはしなかった。そして老父はその翌朝早く帰って行った。耕吉もこれに励まされて、そのまた翌日、子のない弟夫婦が手許に置きたがった耕太郎を伴れて、郷里へ発ったのであった。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 人のいい優しい、そして勇気のある剛胆な、義理の堅い情け深い、そして気の毒な義父が亡くなってから十三年忌に今年が当たる、由って紀念のために少年の時の鹿狩りの物語をしました。 国木田独歩 「鹿狩り」
出典:青空文庫