・・・醜くてすごい女なら、電車の停留場の一区間を歩く度毎に、三十人くらいは発見できるが、すごいほど美しい、という女は、伝説以外に存在しているものかどうか、疑わしい。 もともと田島は器量自慢、おしゃれで虚栄心が強いので、不美人と一緒に歩くと、に・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・余が修善寺で生死の間に迷うほどの心細い病み方をしていた時、池辺君は例の通りの長大な躯幹を東京から運んで来て、余の枕辺に坐った。そうして苦い顔をしながら、医者に騙されて来て見たと云った。医者に騙されたという彼は、固より余を騙すつもりでこういう・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・省線の二十銭区間は六十銭となり、四十銭で勤められた同じ距離が、一円二十銭かかるようになった。電車・バスも、うっかり乗れないものになって来た。電燈料、ガス代、水道料、これらもひどく高くなる。二倍どころでなく上る。いくらかやすくなったのは魚類で・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・省線に乗ったらば、二十銭区間が四十銭になり、三円の回数券は、九円である。闇市場では、ミカンや汁粉は、とぶようにうれて、やすいものは売れないと、新聞は報じている。やすいものといっても、十五円のものが十円に下った程度であるとも報じられている。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫