・・・熾烈な日光が更に其大玻璃器の破れ目に煌くかと想う白熱の電光が止まず閃いて、雷は鳴りに鳴って雨は降りに降った。そうしてからりと晴れた時、日はまだ西の山の上に休んで閉塞し困憊せる地上の総てを笑って居た。文造が畑に来た時いつも遠くから見えた番小屋・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く」と吟じながら女一度に数弁を攫んで香炉の裏になげ込む。「蛸懸不揺、篆煙遶竹梁」と誦して髯ある男も、見ているままで払わんともせぬ。蜘蛛も動かぬ。ただ風吹く毎に少しくゆれるのみである。「夢の話しを蜘蛛もきき・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・その中エスさんが二階から降りて来られた。それでもまだ気付かない。エスさんも自分と同じくユンケル氏の所へ招れて来ているのだと思い込んでいた。それにしてもユンケル氏が出て来ないのを不思議に思い、エスさんに尋ねて見ると、自分は全く家を間違っていた・・・ 西田幾多郎 「アブセンス・オブ・マインド」
・・・及び鴉等は鳴き叫び風を切りて町へ飛び行くまもなく雪も降り来らむ――今尚、家郷あるものは幸福なるかな。 の初聯で始まる「寂寥」の如き詩は、その情感の深く悲痛なることに於て、他に全く類を見ないニイチェ独特の名・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 蛞蝓は一足下りながら、そう云った。「一体何だってんだ、お前たちは。第一何が何だかさっぱり話が分らねえじゃねえか、人に話をもちかける時にゃ、相手が返事の出来るような物の言い方をするもんだ。喧嘩なら喧嘩、泥坊なら泥坊とな」「そりゃ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 平田を先に一同梯子を下りた。吉里は一番後れて、階段を踏むのも危険いほど力なさそうに見えた。「吉里さん、吉里さん」と、小万が呼び立てた時は、平田も西宮ももう土間に下りていた。吉里は足が縮んだようで、上り框までは行かれなかッた。「・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・その後、大槻玄沢、宇田川槐園等継起し、降りて天保弘化の際にいたり、宇田川榛斎父子、坪井信道、箕作阮甫、杉田成卿兄弟および緒方洪庵等、接踵輩出せり。この際や読書訳文の法、ようやく開け、諸家翻訳の書、陸続、世に出ずるといえども、おおむね和蘭の医・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・オオビュルナンは技手に待っていろと云って置いて、しずかに車を下りてロメエヌ町へ曲がった。小さい、寂しい横町である。少数の職業組合が旧教の牧師の下に立って単調な生活をしていた昔をそのままに見せるこう云う町は、パリイにはこの辺を除けては残ってい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・上月景光主のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに天皇の御さきつかへてたづがねののどかにすらん難波津に行すめらぎの稀の行幸御供する君のさきはひ我もよろこぶ天使のはろばろ下りたまへりける、あやしきしはぶるひ人ど・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがるところはつい見なかった。ひばりは降りるときはわざと巣からはなれて降りるから飛びあがるとこを見なければ巣のありかはわからない。一千九百二十五年五月六日今日学校で武・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
出典:青空文庫