・・・ 俺は今朝Nが警察の出がけに持ってきてくれたトマトとマンジュウの包みをあけたが、しばらくうつろな気持で、膝の上に置いたきりにしていた。 控室には俺の外にコソ泥ていの髯をボウ/\とのばした厚い唇の男が、巡査に附き添われて検事の調べを待・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ それを聞いてから、私は両手に持てるだけ持っていた袋包みをどっかとお徳の前に置いた。「きょうはみんなの三時にと思って、林檎を買って来た。ついでに菓子も買って来た。」「旦那さんのように、いろいろなものを買って提げていらっしゃるかた・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・小川の岸には胡桃の木の生えて居る場所がありました。兄弟は鰍の居そうな石の間を見立てまして、胡桃の木のかげに腰を掛けて釣りました。 半日ばかり、この二人の子供が小川の岸で遊んで家の方へ帰って行きますと、丁度お爺さんも木を一ぱい背負って山の・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・初やは大きな風呂敷包みを背負って行った。も少し先のことだという。その伯父さんは章坊が学校から帰ったらもう来ていたというのである。自分は藤さんの身辺の事情が、いろいろに廻り灯籠の影のように想像の中を廻る。今埠頭場まで駈けつけたら、船はまだ出な・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・奥さんの前ですけれども、いや、もう何も包みかくし無く洗いざらい申し上げましょう、旦那は、或る年増女に連れられて店の勝手口からこっそりはいってまいりましたのです。もっとも、もうその頃は、私どもの店も、毎日おもての戸は閉めっきりで、その頃のはや・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・この肌の白さは、どうじゃ。胡桃の実で肥やしたんじゃな!」と喉を鳴らして言いました。婆さんは長い剛い髭を生やしていて、眉毛は目の上までかぶさっているのです。「まるで、ふとらした小羊そっくりじゃ。さて、味はどんなもんじゃろ。冬籠りには、こいつの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ たいてい洋服で、それもスコッチの毛の摩れてなくなった鳶色の古背広、上にはおったインバネスも羊羹色に黄ばんで、右の手には犬の頭のすぐ取れる安ステッキをつき、柄にない海老茶色の風呂敷包みをかかえながら、左の手はポッケットに入れている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ホテルを出ようとすると、金モオルの附いた帽子を被っている門番が、帽を脱いで、おれにうやうやしく小さい包みを渡した。「なんだい」とおれは問うた。「昨日侯爵のお落しになった襟でございます。」こいつまでおれの事を侯爵だと云っている。 ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・野羊を引きふろしき包みを肩にしたはだしの土人の女の一群がそのあとにつづく。そうしていちばんあとから見えと因襲の靴を踏み脱ぎすてたヒロインが追いかける。兵隊の旗も土人の子もみんな熱砂の波のかなたにかくれて、あとにはただ風の音に交じってかすかに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・お絹は幾折かの菓子を風呂敷に包みながら断わった。「何だかまだ忘れものがあるような気がしてならない」道太は立ちがけに、わざと繰り返した。 兄のところへ行くと、姉が悦び迎えて、「じつはお出でを願おうかと思っておりました。看護婦がちょ・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫