・・・が、毛利先生はそう云うと同時に、また哀願するような眼つきをして、ぐるりと教室の中を見廻すと、それぎりで急に椅子の上へ弾機がはずれたように腰を下した。そうして、すでに開かれていたチョイス・リイダアの傍へ、出席簿をひろげて眺め出した。この唐突た・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・良平は一足踏み出したなり、大仰にぐるりと頭を廻すと、前こごみにばたばた駈け戻って来た。なぜか彼にはそうしないと、勇ましい気もちがしないのだった。「なあんだね、畑の土手にあるのかね?」「ううん、畑の中にあるんだよ。この向うの麦畑の……・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・彼が起き上がって縁に出ると、それを窺っていたように内儀さんが出て来て、忙しくぐるりの雨戸を開け放った。新鮮な朝の空気と共に、田園に特有な生き生きとした匂いが部屋じゅうにみなぎった。父は捨てどころに困じて口の中に啣んでいた梅干の種を勢いよくグ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 行くに従うて、路は、奥拡がりにぐるりと山の根を伝う。その袂にも桜が充ちた。 しばらく、青麦の畠になって、紫雲英で輪取る。畔づたいに廻りながら、やがて端へ出て、横向に桃を見ると、その樹のあたりから路が坂に低くなる、両方は、飛々差覗く・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・おかしな事には、いま私たちが寄凭るばかりにしている、この欄干が、まわりにぐるりと板敷を取って、階子壇を長方形の大穴に抜いて、押廻わして、しかも新しく切立っているので、はじめから、たとえば毛利一樹氏、自叙伝中の妻恋坂下の物見に似たように思われ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ ……と唄う、ただそれだけを繰返しながら、矢をはぎ、斧を舞わし、太刀をかざして、頤から頭なりに、首を一つぐるりと振って、交る交るに緩く舞う。舞果てると鼻の尖に指を立てて臨兵闘者云々と九字を切る。一体、悪魔を払う趣意だと云うが、どうや・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・結び目をぐるりとうしろへ廻すのを忘れたのか、それとも不精で廻さないのか、いや、当人に言わせると、前に結ぶ方がイキだというのである。バンドは前に飾りがついているし、女は帯の上に帯紐をするし、おまけにその紐は前で結んでいるではないか、男の帯だっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ かなり長い急な山裾の切通し坂をぐるりと廻って上りきった突端に、その耕吉には恰好だという空家が、ちょこなんと建っていた。西向きの家の前は往来を隔てた杉山と、その上の二千尺もあろうという坊主山で塞がれ、後ろの杉や松の生えた山裾の下の谷間は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・しかしその人達はそれらしく動きまわる気配もなく依然として寝台のぐるりに凝立していた。 しばらく見ていた後、彼はまた眼を転じてほかの窓を眺めはじめた。洗濯屋の二階には今晩はミシンを踏んでいる男の姿が見えなかった。やはりたくさんの洗濯物が仄・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
一 喬は彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視っていた。起きている窓はなく、深夜の静けさは暈となって街燈のぐるりに集まっていた。固い音が時どきするのは突き当っていく黄金虫の音でもあるらしかった。 そこは入・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫