・・・ たしかに、軍部は国民を皆殺しにしようと計画していたのだが、聖上陛下が国民の生命をお救い下すったのであると、私は思った。 知人の家で話をしていると、表を子供たちが、「――兵隊さんのおかげです……」 という歌を、歌いながら通っ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・そのうちの四割は地方や郡部にうつったものと見て、あと八万九千の人たちは、十一月にもとのところにかり校舎がたつまでは、どうすることも出来なかったのです。中には焼けあとの校庭にあつまって、本も道具もないので、ただいろいろのお話を聞いたりしている・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」 しめ切った雨戸のすきまから、まっくらな私の部屋に、光のさし込むように強くあざやかに聞えた。二度、朗々と繰り返した。それを、じっと聞いているうち・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・後がへって郡部の赤土が附着いていないといけまいね。鼻緒のゆるんでいるとこへ、十文位の大きな足をぐっと突込んで、いやに裾をぱっぱっとさせて外輪に歩くんだね。」「それから、君、イとエの発音がちがっていなくッちゃいけないぜ。電車の中で小説を読・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・家ハ家賃廉低ノ地ヲ択ブガ故ニ大抵郡部新開ノ巷ニ在リ。別ニ給料ヲ受ケズ、唯酔客ノ投ズル纏頭ヲ俟ツノミ。然レドモ其ノ金額日々拾円ヲ下ラザルコト往々ニシテ有リ。之ヲ以テ或ハ老親ヲ養フモノアリ或ハ病夫ノタメニ薬ヲ買フモノアリ。或ハ弟妹ニ学資ヲ与フル・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・某誌が軍部御用の先頭に立っていた時分、良人や息子や兄弟を戦地に送り出したあとのさびしい夜の灯の下であの雑誌を読み、せめてそこから日本軍の勝利を信じるきっかけをみつけ出そうとしていた日本の数十万の婦人たちは、なにも軍部の侵略計画に賛成していた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・ ファシズムというと、わたしたちはすぐ戦争中のままの形で超国家的な大川周明の理論や、憲兵の横暴や、軍部、検事局その他人民を抑圧した天皇制の機構全体を頭にうかべて、なんとなしその全体に体当りで抵抗するのがファシズムへの抵抗という感じをもっ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・そして、軍部と軍国主義教育は前線で、日本人民がそれを自分たちの行為として承認することを不可能と感じるほどの惨虐が行われた。敵という関係におかれた他の国の人々に対して。また日本軍の兵士たちに対して。 一九四八年ごろから、日本におこっている・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 戦争の時代にかかれた婦人についての評論や感想は、時間的にいって、自然きょうのそれらの諸現象にはふれていない。軍部の煽動にのって若い女性が、明日にかくされている生活の破滅に向ってヒロイズムでごまかされないように、戦争的美名にかくされた資・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・日本の軍部は、太平洋戦争で百八十五万人を死なせた。全国には百八十万人の未亡人が飢餓線に生きている。千円二千円で子供らは売られている。 ソヴェト同盟は第二次大戦にナチスとの戦いで七百五十万人を失った。連合国のなかでは最も犠牲が大きかった。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
出典:青空文庫