・・・沼南の味も率気もない実なし汁のような政治論には余り感服しなかった上に、其処此処で見掛けた夫人の顰蹙すべき娼婦的媚態が妨げをして、沼南に対してもまた余りイイ感じを持たないで、敬意を払う気になれなかった。 が、この不しだらな夫人のために泥を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ かつ『八犬伝』の脚色は頗る複雑して事件の経緯は入り組んでいる。加うるに人物がそれぞれの歴史や因縁で結ばれてるので、興味に駆られてウカウカ読んでる時はほぼ輪廓を掴んでるように思うが、細かに脈絡を尋ねる時は筋道が交錯していて彼我の関係を容・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・私のクラスにも自らそういう思想を抱いていると称する生徒がいたが、私はその生徒の容貌にも生活にも敬意を払うことは不可能だと思った。彼はラスプーチンのような顔をして、爪の垢を一杯ためながら下宿の主婦である中年女と彼自身の理論から出たらしいある種・・・ 織田作之助 「髪」
・・・その理由は、桂の父が、当時世間の大評判であった田中鶴吉の小笠原拓殖事業にひどく感服して、わざわざ書面を送って田中に敬意を表したところ、田中がまたすぐ礼状を出してそれが桂の父に届いたという一件、またある日正作が僕に向かい、今から何カ月とかする・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・私は晩年の日蓮のやさしさに触れて、ますます往年の果敢な法戦に敬意を抑え得ないのである。 彼は故郷への思慕のあまり、五十町もある岨峻をよじて、東の方雲の彼方に、房州の浜辺を髣髴しては父母の墓を遙拝して、涙を流した。今に身延山に思恩閣として・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 人間共存のシンパシィと、先人の遺産ならびに同時代者の寄与とに対する敬意と感謝の心とをもって書物は読まるべきである。たとい孤独や、呪詛や、非難的の文字の書に対するときにも、これらの著者がこれを公にした以上は、共存者への「訴えの心」が潜在・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・と布施は敬意を表して言った。「駄目です」と原は謙遜な調子で、「今相川君にも話したんですが、僕なぞは最早チョン髷の方で――」「そんなことは有ません」と布施は言葉を和げて、さも可懐しそうに、「実際、私は原先生のものを愛読しましたよ。永田・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・而して林氏の説に序を逐うて答ふるも、一法なるべけれど、堯舜禹の事蹟に關する大體論を敍し、支那古傳説を批判せば、林氏に答ふるに於いて敢へて敬意を失することなからん。こゝには便宜上後者によつて私見を述べんとするもの也。 先、堯典に見るにその・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・しかし、これまでの経緯は一応、奥さんに申し上げて置きます」「はあ、どうぞ。おあがりになって。そうして、ゆっくり」「いや、そんな、ゆっくりもしておられませんが」 と言い、男のひとは外套を脱ぎかけました。「そのままで、どうぞ。お・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・その点に就いても私は山椒魚に対して常に十分の敬意を怠らぬつもりでございます。割合におとなしい動物でありますけれど、あれで、怒ると非常にこわいものだそうで、稲羽の兎も、あるいはこいつにやられたのではなかろうかと私はにらんでいるのでございますが・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫