・・・「御幣まで立って警戒をした処があっちゃあ、遠くを離れて漕ぐにしても、船頭が船頭だから気味が悪いもの。」「いいえ、あの御幣は、そんなおどかしじゃありませんの。不断は何にもないんだそうですけれど、二三日前、誰だか雨乞だと言って立てたんだ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・あの人たちに訳を話すと、おなじ境界にある夥間だ、よくのみ込むであろうから、爺さんをお前さんの父親、小児を弟に、不意に尋ねて来た分に、治兵衛の方へ構えるが可い。場合によれば、表向き、治兵衛をここへ呼んで逢わせるも可かろう。あの盲いた人、あの、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・新聞紙は諸方面の水害と今後の警戒すべきを特報したけれど、天気になったという事が、非常にわれらを気強く思わせる。よし河の水が増して来たところで、どうにか凌ぎのつかぬ事は無かろうなどと考えつつ、懊悩の頭も大いに軽くなった。 平和に渇した頭は・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・恋は盲目だという諺もあるが、お繁さんに於ける予に恋の意味はない筈なれども、幾分盲目的のところがあったものか、とにかく学生時代の友人をいつまで旧友と信じて、漫に訪問するなどは警戒すべきであろう。聞けば渋川も一寸の事ではあるが大いに不快であった・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・尤も今でも防疫に警戒しているが、衛生の届かない昔は殆んど一年中間断なしに流行していた。就中疱瘡は津々浦々まで種痘が行われる今日では到底想像しかねるほど猛列に流行し、大名高家は魯か将軍家の大奥までをも犯した。然るにこの病気はいずれも食戒が厳し・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ゴッホに、到底セザンヌの軽快洒脱を望むことはできないが、その表現主義的であり、哲学的である点に於て、ゴッホとムンクと相通ずるところがあるのは、同じ、北方の産であったゝめであろう。 私達は、さらに、漂浪の詩人に、郷土のなつかしまれたのを知・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ 夜業禁止や、時間制により、工場はある不幸な児童等は救はれたのであるが、尚、眼に見えざる場処に於ての酷使や、無理解より来る強圧を除くには、社会は、常に警戒し、防衛しなければならぬであろう。そして、積極的に彼等がいかなる、境遇に置かれつゝ・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・そして、いつも苛められる弱い生徒が、体を固くして、隅のところに縮んで、警戒する身構えを忘れることができません。それと関聯して、校庭にあった、あの一本の苛められた大杉の木が、傷ましい姿で、よく生を保ちつゝあった強い姿を忘れることができません。・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ほんまにあんた、警戒せなあきまへんぜ」 警戒とは大袈裟な言い方だと、私はいささかあきれた。「ところで、彼女は僕のこと如何言うとりました? 悪い男や言うとりましたやろ? 焼餅やきや言うてしまへんでしたか。どうせそんなことでっしゃろ。な・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 最近大阪の闇市場では「警戒警報」「空襲警報」という言葉が囁かれている。しかし戦争中の話をしているのではない、警察の手入れのことを「警報」という隠語で伝達しているのである。どんなに極秘にされた抜打ちの手入れでも、事前に洩れる。これが「警・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
出典:青空文庫