・・・作家は身辺の状況と天下の形勢に応じて時々その立場を変えねばならん。評家もまた眼界を広くして必要の場合には作物に対するごとにその見地を改めねば活きた批評はできまい。読者は無論の事、いろいろな種類のものを手に応じて賞翫する趣味を養成せねば損であ・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・例えば新聞を拵えてみても、あまり下品な事は書かない方がよいと思いながら、すでに商売であれば販売の形勢から考え営業の成立するくらいには俗衆の御機嫌を取らなければ立ち行かない。要するに職業と名のつく以上は趣味でも徳義でも知識でもすべて一般社会が・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・上下挙って奔走に衣食するようになれば経世利民仁義慈悲の念は次第に自家活計の工夫と両立しがたくなる。よしその局に当る人があっても単に職業として義務心から公共のために画策遂行するに過ぎなくなる。しかのみならず日露戦争も無事に済んで日本も当分はま・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・僕は其形勢を見て、正岡は金がある男と思っていた。処が実際はそうでは無かった。身代を皆食いつぶしていたのだ。其後熊本に居る時分、東京へ出て来た時、神田川へ飄亭と三人で行った事もあった。これはまだ正岡の足の立っていた時分だ。 正岡の食意地の・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
文化の発展には民族というものが基礎とならねばならぬ。民族的統一を形成するものは風俗慣習等種々なる生活様式を挙げることができるであろうが、言語というものがその最大な要素でなければならない。故に優秀な民族は優秀な言語を有つ。ギリシャ語は哲・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・各国家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云うことでなければならない、世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。我国体は単に所謂全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・時間空間の形式というものも、自己表現的世界の自己形成の形式として、論理的に考えられるのである。かかる世界は多の自己否定的一として時間的に、一の自己否定的多として空間的であるのである。表現するものが表現せられるものであるということが知るという・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・然るに嘉永の季、亜美利駕人、我に渡来し、はじめて和親貿易の盟約を結び、またその好を英、仏、魯等の諸国に通ぜしより、我が邦の形勢、ついに一変し、世の士君子、皆かの国の事情に通ずるの要務たるを知り、よって百般の学科、一時に興り、おのおのその学を・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・もとよりその論者中には、多年の苦学勉強をもって、内に知識を蔵め、広く世上の形勢を察して、大いに奮発する者なきに非ず。 我が輩、その人を知らざるに非ずといえども、概してこれを評すれば、今の民権論の特にかしましきは、とくに不学者流の多きがゆ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・今一歩を譲り、人生は徳義を第一として、これに兼ぬるに物理の知識をもってすれば、もって社会の良民たるに恥じず。経世の学は必ずしもこれを学問として学ばざるも、おのずから社会の実際にあたりてこれを得ること容易なり。 たとえば今の日本政府にてい・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
出典:青空文庫