・・・んば、その人の分相応――わたくしは分外のことを期待せぬ――の社会価値を有して死ぬとすれば、病死も、餓死も、凍死も、溺死も、震死も、轢死も、縊死も、負傷の死も、窒息の死も、自殺も、他殺も、なんの哀弔し、嫌忌すべき理由もないのである。 それ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 故に短命なる死、不自然なる死ちょうことは、必しも嫌悪し忘弔すべきでない、若し死に嫌忌し哀弔すべき者ありとせば、其は多くの不慮の死、覚悟なき死、安心なき死、諸種の妄執・愛着を断ち得ざるよりする心中の憂悶や、病気や負傷よりする肉体の痛苦を・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・また多くの科学者の中には芸術に対して冷淡であるか、あるいはむしろ嫌忌の念をいだいているかのように見える人もある。場合によっては芸術を愛する事が科学者としての堕落であり、また恥辱であるように考えている人もあり、あるいは文芸という言葉からすぐに・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・のようなものがこの理由不明の畏怖嫌忌と結びついているのではないかという疑いが起こし得られる。猿や鳥などが、その食料とするいろいろの昆虫の種類によって著しい好ききらいがあって、その見分けをある程度までは視覚によってつけるらしいということが知ら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌されるのもやむを得ない事かもしれない。私はそういう音楽家の潔癖を尊重するものではあるが、それと同時に一般の音楽愛好者が蓄音機を享楽する事をとがめてはならないと思うものである。 蓄音機・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・に存分に筆を揮って、自分の筆端からほとばしり出る曲折自在な線の美に陶酔する事もあろうが、彼のごとき生来の悪筆ではそれだけの代償はないから、全然お勤めの機械的労働であると思われる上に、自分の悪筆に対する嫌忌の情を多量に買い込まされるのである。・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・生徒のこのあだ名から私はどうしても単純な憎悪や嫌忌を読み取る事ができない。 友だちといっしょに酒を飲んだりする時には、どうかすると元気がよくて、いつになく高談放語したり、郷里の昔の武士の歌った俗謡をどなったりする事もあったそうであるが、・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・かつ今日の世界は西洋文明の風に吹かれてこれに抵抗すべからざるの時勢なれば、文明の風に多妻多男を嫌忌して、そのこれを嫌忌するの成跡は甚だ美にして、今日の人の家を成し国を立つるに最も適当し、これに反するものは必ず害を被りて免るべからざること、既・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫