・・・「唯、新劇場の勝野だけは感心ですよ。わざわざこの食堂へ訪ねて来て、京橋時代にはお世話になった。これはいくらでもないが使ってくれと言って、見舞の金を置いて行きましたよ」 しばらく親子の話は途絶えた。震災後、思い思いに暇を取って出て行っ・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・官省、学校、病院、会社、銀行、大商店、寺院、劇場なぞ、焼失したすべてを数え上げれば大変です。中でも五〇万冊の本をすっかり焼いた帝国大学図書館以下、いろいろの官署や個人が二つとない貴重な文書なぞをすっかり焼いたのは何と言っても残念です。大学図・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・野外劇場はどうか。 俳優で言えば、彦三郎、などと、訪客を大いに笑わせて、さてまた、小声で呟くことには、「悪魔はひとりすすり泣く。」この男、なかなか食えない。 作家は、ロマンスを書くべきである。・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・叡智を忘れた私のきょうまでの盲目の激情を、醜悪にさえ感じた。 けだものの咆哮の声が、間断なく聞える。「なんだろう。」私は先刻から不審であった。「すぐ裏に、公園の動物園があるのよ。」妹が教えてくれた。「ライオンなんか、逃げ出しちゃ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ひとり恥ずかしく日夜悶悶、陽のめも見得ぬ自責の痩狗あす知れぬいのちを、太陽、さんと輝く野天劇場へわざわざ引っぱり出して神を恐れぬオオルマイティ、遅疑もなし、恥もなし、おのれひとりの趣味の杖にて、わかきものの生涯の行路を指定す。かつは罰し、か・・・ 太宰治 「創生記」
・・・すなわち、性慾衝動に基づく男女間の激情。具体的には、一個または数個の異性と一体になろうとあがく特殊なる性的煩悶。色慾の Warming-up とでも称すべきか。」 ここに一個または数個と記したのは、同時に二人あるいは三人の異性を恋い慕い・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ この劇場には鼠がいますね。」「賤民の増長傲慢、これで充分との節度を知らぬ、いやしき性よ、ああ、あの貌、ふためと見られぬ雨蛙。」一瞬、はっし! なかば喪心の童子の鼻柱めがけて、石、投ぜられて、そのとき、そもそも、かれの不幸のはじめ、おのれの・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・何を言っても気ちがい扱いで、相手にされないのでは、私は、いっそ沈黙を守る。激情の果の、無表情。あの、微笑の、能面になりましょう。この世の中で、その発言に権威を持つためには、まず、つつましい一般市井人の家を営み、その日常生活の形式に於いて、無・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ けれども私は、自身の感覚をいつわることができません。くだらないのです。いまさら、あなたに、なんにも言いたくないのです。 激情の極には、人は、どんな表情をするでしょう。無表情。私は微笑の能面になりました。いいえ、残忍のみみずくになり・・・ 太宰治 「「晩年」に就いて」
・・・虚栄の市 デカルトの「激情論」は名高いわりに面白くない本であるが、「崇敬とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」としてあったものだ。デカルトあながちぼんくらじゃないと思ったのだが、「羞恥とはわれに益するところ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫