・・・しかも、その望みの内容というか動機というか、スプリングとなっているものは、嘗てロマンチシズム時代の青年が、新しき世ひらけたり、という風な激情を身内に覚えて芸術を求めてゆくのではなく、勤め先、家庭、この社会での自身の一般的境遇に何か云わずにい・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・ピエトロはマリアに魅せられ、マリアもつよく彼にひきつけられて、この一八七六年の日記は、寸刻もじっとしていない若々しい激情の波瀾と、まじめさとコケトリイとの鮮やかな明暗が一頁ごとに動いている。ロオマの謝肉祭のときの色彩づよい記録。こまやかに書・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・そして、日夜広々とした全世界の脈動に貫かれて生活を向上させ、新しい日本の創設のために努力するようにと、そのアナウンサアの表現は、率直で殆ど激情的でさえあった。いかにも、明暮その仕事に携っている人が、専門家として蒙っていた云うに云えない永年の・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
・・・神経質な、激情的で心も体も虚弱な三十八歳の男が、自分のような、生活慾の強い、どの点からも容赦のない女と一緒に暮すのがやり切れず、病的になり、自分を殺して仕舞った。不幸なぞっとする事実だ。私は、自分と云うものさえ局外から観察し、悲しむべき人間・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと、censure の可笑しい程厳しいウィインやベルリンで、書籍としての発行を許しているばかりではない、舞台での・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・然るに竜池は劇場に往き、妓楼に往った。竜池は中村、市村、森田の三座に見物に往く毎に、名題役者を茶屋に呼んで杯を取らせた。妓楼は深川、吉原を始とし、品川へも内藤新宿へも往った。深川での相手は山本の勘八と云う老妓であった。吉原では久喜万字屋の明・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・帝国劇場で第一部の興行のあった時、第一部の正誤表は出来ていたので、富山房はそれを劇場で配布しようかとも云った。しかし私は本を読む人と劇を観る人とは自ら別だから、それは無益だろうと云った。さて今既に印刷し畢っているファウスト考には、右の第一部・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・カインツは馳け回って大声に歓呼しながら帽子を振り、ロッテはもう役者を廃めるといって苦しげに泣いた。劇場を出た時には三人とも歓びのあまり、酔いつぶれた人のように、気の狂った人のように、恥も外聞もなく、よろめいて歩いた。バアルはその夜徹夜して書・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・あたかも大学と劇場と美術学校と美術館と音楽学校と音楽堂と図書館と修道院とを打って一丸としたような、あらゆる種類の精神的滋養を蔵した所であった。そこで彼らは象徴詩にして哲理の書なる仏典の講義を聞いた。その神話的な、象徴化の多い表現に親しむとと・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫