・・・大谷さん、何ももう言いません、拝むから、これっきり来ないで下さい、と私が申しましても、大谷さんは、闇でもうけているくせに人並の口をきくな、僕はなんでも知っているぜ、と下司な脅迫がましい事など言いまして、またすぐ次の晩に平気な顔してまいります・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・なぜこんな余計な仮定をして平気でいるかというと、そこが人間の下司な了簡で、我々はただ生きたい生きたいとのみ考えている。生きさえすれば、どんな嘘でも吐く、どんな間違でも構わず遂行する、真にあさましいものどもでありますから、空間があるとしないと・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・又妾に子あらば妻に子なくとも去るに及ばずとは、元来余計な文句にして、何の為めに記したるや解す可らず。依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ども、余輩の考には政府もまた、ただ人事の一部分にして、その旧政府を改めて新政府をつくりたるも、原因のあるところを求むれば、かの廃藩置県以下の諸件とともに、そのよって来るところをともにし、ひっきょう、天下衆心の変化したるものと思うなり。ゆえに・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・これにてたいてい洋書を読む味も分り、字引を用い先進の人へ不審を聞けば、めいめい思々の書をも試みに読むべく、むつかしき書の講義を聞きても、ずいぶんその意味を解すべし。まずこれを独学の手始とす。かつまた会読は入社後三、四ヶ月にて始む。これにて大・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・ ある人の考に、日本の文字を用うれば、人の姓名を記し事柄を書くには、もとより便利なれども、数字にいたっては、二五八三と記して二千五百八十三と解すは、これまた人民社会に不通用のことなりとの説もあれども、ひっきょう、縦の文字を縦に用うること・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・その義は諸書に記して多き中について、我が国普通の書を『女大学』と称し、女教の大要を陳べたるものなるが、書中往々不都合にして解すべからざるものなきにあらず。例えば女子の天性を男子よりも劣るものと認め、女は陰性なり、陰は暗しなど、漠然たる精神論・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・(首を振りつつ徐思えば人というものは、不思議なものじゃ。解すべからざるものをも解し、文に書かれぬものをも読み、乱れて収められぬものをも収めて、終には永遠の闇の中に路を尋ねて行くと見える。(中央の戸より出で去り、詞の末のみ跡に残る。室内寂とし・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・くの人は蕪村が漢語を用うるをもってその唯一の特色となし、しかもその唯一の特色が何故に尊ぶべきかを知らず、いわんや漢語以外に幾多の特色あることを知る者ほとんどこれなきに至りては、彼らが蕪村を尊ぶゆえんを解するに苦しむなり。余はここにおいて卑見・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・庶民は、何が下司であるということは知っているものである。ものには程があるということをわきまえず自分の卑屈さを知らない親王が、絶対主義の裏がえしである闊達さで、「トア・エ・モア」という文化人のダンス・パーティーである流行作家の夫人に「さよなら・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫