・・・とすると、闇をすかしていた仁右衛門は吼えるように「右さ行くだ」と厳命した。笠井はそれにも背かなかった。左の道を通って女が通って来るのだ。 仁右衛門はまた独りになって闇の中にうずくまった。彼れは憤りにぶるぶる震えていた。生憎女の来ようがお・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・危険と目指れた数十名の志士論客は三日の間に帝都を去るべく厳命された。明治の酷吏伝の第一頁を飾るべき時の警視総監三島通庸は遺憾なく鉄腕を発揮して蟻の這う隙間もないまでに厳戒し、帝都の志士論客を小犬を追払うように一掃した。その時最も痛快なる芝居・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・しかしアインシュタインが、科学それ自身は実用とは無関係なものだと言明しながら、手工の必修を主張して実用を尊重するのが妙だと云うのに答えて次のような事を云っている。「私が実用に無関係と云ったのは、純粋な研究の窮極目的についてである。その目・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・映画には、俳優が第二義で監督次第でどうにでもなるという言明の真実さが証明されている。端役までがみんな生きてはたらいているから妙である。 最後の場面でおつたが取り落とした錦絵の相撲取りを見て急に昔の茂兵衛のアイデンティティーを思い出すとこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・というのを見せてもらった。原名は「人生の歌」というのであるが、自分の見たところではどうも人生を謳歌したものとは思われない。むしろやはり一種のトーテンタンツであるような気がする。実際始めのほうの宴会の場には骸骨の踊りがあるのである。胎児の蝋細・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・またそういう瞬間的な現象でなく持続的な現象でもそれが複雑に入り組んだものである場合にその中から一つの言明を抽出するのはやはり一つの早わざである。観察者の頭が現象の中へはいり込んで現象と歩調を保ちつついっしょに卍巴と駆けめぐらなければ動いてい・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・現代ならかなり保守的な女学者でも云いそうなことであるが、ともかくもこれは西鶴自身の一種の自由恋愛論を姫君の口を借りて言明したものであることには疑いは無いであろう。それは当代にあってはずいぶんラジカルな意見であろうと思われる。 彼の好色物・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・重力加速度に関する物理の方則は空気の抵抗や風の横圧や、偶然の荷電や、そんなものの影響はぬきにして、重力だけが作用する場合の規準的の場合を捕えて言明しているのである。そうしてまた、加速度の数値を五けた六けたまでも詳しく云為する場合には、実測加・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・証明のできない言明を妄信するのも実はやはり一種の迷信であるとすれば、干支に関するいろいろな古来の口碑もいつかはまじめに吟味し直してみなければならないと思われるのである。 七 灸治 子供の時分によくお灸をすえると言って・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・という訳語が原名の「インヴィジブル・マン」に相当していないではないかという疑いであった。「透明」と「不可視」とは物理学的にだいぶ意味がちがう。たとえば極上等のダイアモンドや水晶はほとんど透明である。しかし決して不可視ではない。それどころ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫