・・・ 前の汽車と停車場で交換したのでしょうか、こんどは南の方へごとごと走る音がしました。何だか車のひびきが大へん遅く貨物列車らしかったのです。 そのとき、黒い東の山脈の上に何かちらっと黄いろな尖った変なかたちのものがあらわれました。梟ど・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・サラリーマンから、再び、人民の声を反映し、同時に木鐸たる記者に、自身の本質をとり戻すジャーナリストたちの新しい希望と、それに対する数千万の人々の期待は、互に苦しい時代を経ているだけに、決して表面の交歓ではないと信じている。〔一九四五年十・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・PTAの物品交換会で、数十万円の禁制品が没収されたという新聞記事は、心ある親たちと教師に、どんな感銘を与えたろう。 二 日本の文化一般について、そもそもわたしたちはどんな現実的な観念をもっているだろうか。・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・主人の側として年期をふみ倒してゆく若い者に好感のもてないのは当然だと思う。しかし、いい事でないと知りつつそういう風に行動してゆく若い帰還兵の気分には、時代的なものがつよくあって、そのことのなかに何か今の若い者の哀れな不安や動揺もある。主人の・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・一九一四年度ロシアの中学校、実務学校、予備学校における学生の出身階級の分布 世襲貴族の子弟 六・三 貴族及高官 一八・四 宗教家 四・八 紳士及紳商 九・六 商人、組合の親方 三二・一・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・の八月九日の夜、新京から真先に遁走を開始した関東軍とその家族とは、三人の子をつれて徒歩でステーションに向う著者にトラックの砂塵をあびせ、列車に優先してのりこみ、ときには飛行機をとばして行方のわからない高官の家族の所在をさがさせまでした。が、・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・かったから、さも親しそうに監獄の生活について話せると云っておられるが、全文に微妙な神経質さ、嫌悪、その反動としての皮肉的語気が仄見えている、彼女の矢張り監獄は辛いところだという意見が正直で人間的で私に好感を与えた。それだからこそ、或る意味で・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・彼が最後の時期まで博物館長として、上流的高官生活を送ったことは、彼に語らせればゲーテ的包括力であったかもしれないが、歴史の鏡には、やはり文学者としては伝記の研究に赴かざるを得なかった必然として映し出されるのである。 漱石の系統に立って、・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・絵も描き、文章に達し、音楽も愛し、しかも音楽の演奏ぶりなどにはなかなか近親者に忘れがたい好感を与えるユーモアがあふれていたようである。日本の明治以来の興隆期の文化は、夏目漱石でその頂点に達し同時に漱石の芸術には、今日の日本を予想せしめる顕著・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・人生に対する娘さんのなだらかなその心持はいかにも好感がもてるのだけれど、そこには何となしもう一寸ひっかかって来るものが残されていて、そういう一つの女の才能が、娘さんの人生へのなだらかな態度と渾然一致したものとして専門的にまで成熟させられ切れ・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
出典:青空文庫