・・・ どうもこの頃は読者も高級になっていますし、在来の恋愛小説には満足しないようになっていますから、……もっと深い人間性に根ざした、真面目な恋愛小説を書いて頂きたいのです。 保吉 それは書きますよ。実はこの頃婦人雑誌に書きたいと思っている小・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・辞職の許可が出さえすれば、田宮が今使われている、ある名高い御用商人が、すぐに高給で抱えてくれる、――何でもそう云う話だった。「そうすりゃここにいなくとも好いから、どこか手広い家へ引っ越そうじゃないか?」 牧野はさも疲れたように、火鉢・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・どうか又熊掌にさえ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。 どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。 どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察す・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・一体妃たちは私たちよりほかに男の足ぶみの出来ない後宮にいるのですからそんな事の出来る訣はないのですがね。それでも月々子を生む妃があるのだから驚きます。 ――誰か忍んで来る男があるのじゃありませんか。 ――私も始めはそう思ったのです。・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・なぜならばあの問題はもっと徹底的に講究されなければならないものであって、他人の言説のあら探しで終わるべきはずのものではないからである。 本当をいうと、私は諸家の批評に対していちいち答弁をすべきであるかもしれない。しかし私は議論というもの・・・ 有島武郎 「想片」
・・・従って高級なる猟犬として泳いだのであります。」 と明確に言った。 のみならず、紳士の舌には、斑がねばりついていた。 一人として事件に煩わされたものはない。 汀で、お誓を抱いた時、惜しや、かわいそうに、もういけないと思った。胸・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・すぐ第一等の女工さんでごく上等のものばかり、はんけちと云って、薄色もありましょうが、おもに白絹へ、蝶花を綺麗に刺繍をするんですが、いい品は、国産の誉れの一つで、内地より、外国へ高級品で出たんですって。」「なるほど。」 ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・るもの挙げて、茶事に遊ぶの風を奨励されたのが、大なる原因をなしたに相違ない、勿論それに伴う弊害もあったろうけれど、所謂侍なるものが品位を平時に保つを得た、有力な方便たりしは疑を要せぬ、今の社会問題攻究者等が、外国人に誇るべき日本の美術品・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 要するに夏目さんは、感覚の鋭敏な人、駄洒落を決して言わぬ人、談話趣味の高級な人、そして上品なウイットの人なのである。我が文壇にはこの方面で独自の人であった。夏目さんには大勢の門下生もあることだが、しかし皆夏目さんの後を継ぐことはできな・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・社会的という言葉の意味は、個性を没却し、特色を失うということであってはならない、全国一様の教科書は、単に学術的知識を教うるに役立つけれど、その知識が、果して、各児童等の特種的なる経験と一致するや否やを考究するには至らないのであります。 ・・・ 小川未明 「新童話論」
出典:青空文庫