・・・特別保護住民だった僕にだれも皆好奇心を持っていましたから、毎日血圧を調べてもらいに、わざわざチャックを呼び寄せるゲエルという硝子会社の社長などもやはりこの部屋へ顔を出したものです。しかし最初の半月ほどの間に一番僕と親しくしたのはやはりあのバ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ただその想像に伴うのは、多少の好奇心ばかりだった。どう云う夫婦喧嘩をするのかしら。――お蓮は戸の外の藪や林が、霙にざわめくのを気にしながら、真面目にそんな事も考えて見た。 それでも二時を聞いてしまうと、ようやく眠気がきざして来た。――お・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 前田家は、幕府の制度によると、五世、加賀守綱紀以来、大廊下詰で、席次は、世々尾紀水三家の次を占めている。勿論、裕福な事も、当時の大小名の中で、肩を比べる者は、ほとんど、一人もない。だから、その当主たる斉広が、金無垢の煙管を持つと云う事・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・丁寧な語の中に、鋭い口気を籠めてこう云った。 斉広はこれを聞くと、不快そうに、顔をくもらせた。長崎煙草の味も今では、口にあわない。急に今まで感じていた、百万石の勢力が、この金無垢の煙管の先から出る煙の如く、多愛なく消えてゆくような気がし・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ * * * * *後記。「さん・せばすちあん」は伝説的色彩を帯びた唯一の日本の天主教徒である。浦川和三郎氏著「日本に於ける公教会の復活」第十八章参照。 芥川竜之介 「誘惑」
・・・まだ見なかった父の一面を見るという好奇心も動かないではなかった。けれどもこれから展開されるだろう場面の不愉快さを想像することによって、彼の心はどっちかというと暗くされがちだった。 矢部は父の質問に気軽く答え始めた。その質問の大部分が矢部・・・ 有島武郎 「親子」
・・・クララは首をあげて好奇の眼を見張った。両肱は自分の部屋の窓枠に、両膝は使いなれた樫の長椅子の上に乗っていた。彼女の髪は童女の習慣どおり、侍童のように、肩あたりまでの長さに切下にしてあった。窓からは、朧夜の月の光の下に、この町の堂母なるサン・・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・又私の処で夜おそくまで科学上の議論をしていた一人の若い科学者は、帰途晴れ切った冬の夜空に、探海燈の光輝のようなものが或は消え或は現われて美しい現象を呈したのを見た。彼は好奇心の余り、小樽港に碇泊している船について調べて見たが、一隻の軍艦もい・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・この若々しい、少しおめでたそうに見える、赤み掛かった顔に、フレンチの目は燃えるような、こらえられない好奇心で縛り附けられている。フレンチのためには、それを見ているのが、せつない程不愉快である。それなのに、一秒時間も目を離すことが出来ない。こ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
上 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを・・・ 泉鏡花 「外科室」
出典:青空文庫