・・・鉄道や飛行機の故障などもこういう種類に属するのが多い。綱紀紊乱風俗廃頽などという現象も多くはこれに似た事に帰因する。うっかりこの下手な手品師を笑われない。 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ 或日試みた千葉街道の散策に、わたくしは偶然この水の流れに出会ってから、生来好奇の癖はまたしてもその行衛とその沿岸の風景とを究めずにはいられないような心持にならせた。 流は千葉街道からしきりと東南の方へ迂回して、両岸とも貧しげな人家・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・また知ろうとする好奇心をもっている道理もない。私が早稲田にいると言ってさえ、先生には早稲田の方角がわからないくらいである。深田君に大隈伯のうちへ呼ばれた昔を注意されても、先生はすでに忘れている。先生には大隈伯の名さえはじめてであったかもしれ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・すなわち冠を戴く頭は安きひまなしと云うのが沙翁の句で、高貴の身に生れたる不幸を悲しんで、両極の中、上下の間に世を送りたく思うは帝王の習いなりと云うのがデフォーの句であります。無論前者は韻語の一行で、後者は長い散文小説中の一句であるから、前後・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・だが、何かしら彼の心の底で好奇心に似た気持ちが、彼にその困難を堪えしめた。 深谷は、昨夜と同じく何事もないように、ベッドに入ると五分もたたないうちに、軽い鼾をかき始めた。「今夜はもう出ないのかしら」と、安岡は失望に似た安堵を感じて、・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・エピクロス派の耽美家が初老を越すと、相手の女の情欲を芸術的に研究しようと云う心理的好奇心より外には、もうなんの要求をも持っていない。これまでのこの男の情事は皆この方面のものに過ぎなかった。それがもう十年このかたの事である。 ピエエル・オ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・汚たるを洗ひ浮世の外の月花を友とせむにつきつきしかるべしかし、かくいふは参議正四位上大蔵大輔源朝臣慶永元治二年衣更著末のむゆか、館に帰りてしるす 曙覧が清貧に処して独り安んずるの様、はた春岳が高貴の身をもってよく士に下るの様はこの文・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・しかし菓物の香気として昔から特に賞するのは柑類である。殊にこの香ばしい涼しい匂いは酸液から来る匂いであるから、酸味の強いものほど香気が高い。柚橙の如きはこれである。その他の一般の菓物は殆ど香気を持たぬ。○くだものの旨き部分 一個の菓物の・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・「今晩は、大王どの、また高貴の客人がた、今晩はちょうどわれわれの方でも、飛び方と握み裂き術との大試験であったのじゃが、ただいまやっと終わりましたじゃ。 ついてはこれから連合で、大乱舞会をはじめてはどうじゃろう。あまりにもたえなるうた・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ところで閣下、この好機会をもちまして更に閣下の燦爛たるエボレットを拝見いたしたいものであります。」大将「ふん、よかろう。」特務曹長「実に甚しくあります。」大将「うん。金無垢だからな。溶かしちゃいかんぞ。」特務曹長・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
出典:青空文庫