・・・いつでもきみだけとけた靴のひもを引きずってみんなのあとをついてあるくようなんだ、困るよ、しっかりしてくれないとねえ。光輝あるわが金星音楽団がきみ一人のために悪評をとるようなことでは、みんなへもまったく気の毒だからな。では今日は練習はここまで・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・先ず予め茲で述べなければならないことは前論士は要するに仏教特に腐敗せる日本教権に対して一種骨董的好奇心を有するだけで決して仏弟子でもなく仏教徒でもないということであります。これその演説中数多如来正にょらいしょうへんちに対してあるべからざる言・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・然るに今日は既にビジテリアン同情派の堅き結束を見、その光輝ある八面体の結晶とも云うべきビジテリアン大祭を、この清澄なるニュウファウンドランド島、九月の気圏の底に於て析出した。殊にこの大祭に於て、多少の愉快なる刺戟を吾人が所有するということは・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ふき子の内身からは一種無碍な光輝が溢れ出て、何をしている瞬間でもその刹那刹那が若い生命の充実で無意識に過ぎて行く。丁度無心に咲いている花の、花自身は知らぬ深い美に似たものが、ふき子の身辺にあった。陽子は、自分の生活の苦しさなどについて一言も・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・薄穢く丸っこいところから、細々したことに好奇心を抱くところ、慾張りそうなところ、睦まじく互いにそっくり似合っている。 始めての経験である間借りの生活に興味を覚えつつ、陽子は部屋を居心地よく調えた。南向の硝子窓に向って机、椅子、右手の襖際・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・それほど、前から、たとえ主観的なものであるにもしろ政治家としてのトルーマンの確信がはっきりわかっていたのなら、日本の公器であるはずの日本の新聞が、どうして公平に記事を選ばず、デューイ当選を、まるで既定の至上事実のようにわたしたちに宣伝しなけ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・当時の周囲から求められている女らしさとはまるでちがった悽愴な形で、その夫人の高貴で混りけない女の心の女らしさが発揮されなければならなかったのであった。女らしさの真実なあらわれが、過去においてもこのように喰いちがった表現をもつというところに、・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・音楽とか、絵画とか、芝居とかいう芸術を通じて、人間の生活は高貴なものであって、美しく正しく生きようとするよろこびにこそ生き甲斐があるということを教えて行くようなものは不足しています。体も精神も成長の慾望に溢れている少女達は、お腹の空いている・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・この高貴な人がらをもつ父に贈った。或る人はいっている。カールは、三人の「聖者」をもっていた。彼の父、彼の母、そして彼の妻と。この素晴らしい父は、一八三八年、カールが二十歳の時に腎臓病のためにトリエルで死んだ。 母のアンリエットは、オラン・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・を集注して書き終えたのは好機であった。なぜなら、わたしは、その五月十何日であったかに前年母の死去によって中絶された調べのつづきと称して検挙され、その秋に起訴され、翌一九三六年三月下旬まで未決生活に置かれたのであったから。この一九三六年一月三・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
出典:青空文庫