・・・ 室の下等にして黒く暗憺なるを憂うるなかれ、桂正作はその主義と、その性情によって、すべてこれらの黒くして暗憺たるものをば化して純潔にして高貴、感嘆すべく畏敬すべきものとなしているのである。 彼は例のごとくいとも快活に胸臆を開いて語っ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・しかし後期のものがすべての点において前期のものにまさっているとはいえない。ある時代には人性のある点は却って閑却され、それがさらに後にいたって、復活してくることは珍しくない。そしてその復活は元のままのくりかえしではなく必ず新しく止揚されて、現・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・文芸はこの生の具象的な事実をその肉づけと香気のままに表現するものだからだ。少なくともそこにはかわいた、煩鎖な概念的理窟や、腐儒的御用的講話や、すべて生の緑野から遊離した死骸のようなものはない。しかし文芸はその約束として個々の体験と事象との具・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・たとえば恋愛は未知の女性への好奇的欲望であるというような見方も、明らかに壮年の心理であって、結婚前の青年の恋愛心理ではない。実はそれは美的狩猟の心理なのだ。 恋愛には必ず相手への敬の意識がある。思慕と憧憬との精神的側面があり、誇張してい・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・美しい娘を思うことによって、高貴なたましいになりたいと願うこころがますます刺激されるような恋愛をせよ。 音楽会に行って、美しい令嬢のピアノを弾いた知性と魅力のある姿を見た。あるいは席にこぼれ、廊下を歩く娘たちの活々とした、しかし礼儀ある・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で女友を拾い、女性の香気を僅かにすすって、深入りしようとも、結婚しようともせず、春の日を浮き浮きとスマートに過ごそうとするような青年学生、これは最もたのもしからぬ風景である。彼らが浮き・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・しかし一度視角を転じて、ニイチェ的な暗示と、力調とのある直観的把握と高貴の徳との支配する世界に立つならば、日蓮のドグマと、矜恃と、ある意味で偏執狂的な態度とは興味津々たるものがあるのである。われわれは予言者に科学者の態度を要求してはならない・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ ファン・エックの聖母は高貴な瓔珞をいただいているが子どもにはぐくませる乳房のふくらみなく、その手は細く、しなやかであるが、抱いてる子どもの重さにもたえそうにもない。これに反しデューラーのマリアは貧しい頭巾をかぶっているが乳房は健かにふ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 局へ内地の新聞を読みに来ている、二三人の居留民が、好奇心に眼を光らせて受付の方へやって来た。 三十歳をすぎている小使は、過去に暗い経歴を持っている、そのために内地にはいられなくて、前科者の集る西伯利亜へやって来たような男だった。彼・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・の鬼が住んでいたところだと云われて、その島をも鬼ガ島と名づけ、遊覧者を引こうがための好奇心をそゝっている。こうなると、昔の海賊も、いまの何をつかまえても儲けようとする種類の人間には顔まけするだろう。 小豆島は、島であるが、同時にまた山で・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
出典:青空文庫