・・・「行人」は、近代における自我の問題として人間交渉の姿に敏感・執拗・潔癖であったこの作家の苦悩に真正面からとり組んだ作品であるばかりでなく、両性の相剋の苦しみの面をも絶頂的に扱われた小説と思える。この作品が、漱石の作家としての生涯の特に孤・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・いずれも文学的公人であるから名をあげることをも許されると信じるが、その夫婦は佐佐木茂索氏夫妻である。 何かの折佐佐木茂索氏とふさ夫人とが題材としては小さい一つの題材を二人両様に扱って書いたところ、その扱いかたの腕では、茂索氏が勝ったとか・・・ 宮本百合子 「夫婦が作家である場合」
・・・若い娘とその両親とが、公人としてそれぞれの立場から結婚の問題や婦人と職業の問題について睦じく公然と意見を話す時代になって来たのは、社会的に云っても、家族生活にとって一つの積極性であると思う。親と子とが、ひとの前ででも、しゃんと互を傷けずに各・・・ 宮本百合子 「短い感想」
常識を働かせ、実際的な立場から考えると、性、育児教育等に関するよい書物も必要でしょう。私には一々指名出来ません。心の上から行くと頭に浮ぶだけでも、夏目漱石の「行人」「それから」「門」ツルゲーネフの「その前夜」「処女地」ロマ・・・ 宮本百合子 「嫁入前の現代女性に是非読んで貰いたい書籍」
・・・夏目漱石の「行人」は、日本の大正年代の知識人の「家」から蒙っている苦悩こそ、テーマである。 憲法が改正されて、民主的という本質には遠いけれども、人間として男女が平等のものと扱われるようになった積極的な価値はあきらかである。この社会にとも・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・その焦慮の苦悩は「行人」の「兄」が妻直子に対して「女のスピリットをつかまなければ満足できない」心持に執拗に描かれているのである。 最後の「明暗」に到って、女の俗的才覚、葛藤は複雑な女同士の心理的な交錯に達して、妻のお延と吉川夫人が津田を・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・露伴の如きが、その作者の一人であるということも、また後人が認めるであろう。予はこれを明言すると同時に、予が恰もこの時に逢うて、此の如き人に交ることを得た幸福を喜ぶことを明言することを辞せない。また前に挙げた紅葉等の諸家と俳諧での子規との如き・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・祷りの声が各戸の入口から聞えて来た。行人の喪章は到る処に見受けられた。しかし、ナポレオンは、まだ密かにロシアを遠征する機会を狙ってやめなかった。この蓋世不抜の一代の英気は、またナポレオンの腹の田虫をいつまでも癒す暇を与えなかった。そうして彼・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・三年前の大患以後、病気つづきで、この年にも『行人』の執筆を一時中絶したほどであったが、一向病人らしくなく、むしろ精悍な体つきに見えた。どこにもすきのない感じであった。漱石の旧友が訪ねて行って、同じようにして迎えられたとき、「いやに威張ってい・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『行人』などが右の題目の開展であることは明らかである。『三四郎』に芽ざして『それから』に極度まで高まった恋愛の不可抗の力は、ついに正義を押し倒した。作者はこの事を可能ならしめるために享楽主義者を主・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫