・・・しかしこういう流動に、さらに貨物車の影がレールの上を走るところなどを重出して、結局何かしら莫大な運動量を持ったある物が加速的にその運動量を増加しつつ、あの茫漠たるアジア大陸の荒野の上を次第に南に向かって進んでいるという感じがかなりまで強く打・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そうして自由に放恣な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍、甘藷、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・の恐ろしい破壊の荒野も知らず顔に、昭和五年の今日の夜の都を享楽しているのであった。 五月にはいってから防火演習や防空演習などがにぎにぎしく行なわれる。結構な事であるが、火事よりも空軍よりも数百層倍恐ろしいはずの未来の全日本的地震、五六大・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・それでもしこれが物理学の教科書か学術論文の中の文句であるとすれば当然改むべきはずであるが、随筆中の用語となると必ずしも間違いとは云われないかもしれない。紺屋の白袴、医者の不養生ということもあるが、物理の学徒等が日常お互いに自由に話し合う場合・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・これに反して今時の大多数の絵は、最初には自分の本当の感じから出発するとしても、甚だしいソフィスチケーションの迂路を経由して偶然の導くままに思わぬ効果に巡り会うことを目的にして盲捜りに不毛の曠野を彷徨しているような気がする。青く感じたものは赤・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・火事はおりからの南西風に乗じて芝桜田から今の丸の内を焼いて神田下谷浅草と焼けつづけ、とうとう千住までも焼け抜けて、なおその火の支流は本郷から巣鴨にも延長し、また一方の逆流は今の日本橋区の目抜きの場所を曠野にした。これは焼失区域のだいたいの長・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ この辺紺屋多し。園に達すれば門前に集う車数知れず。小門清楚、「春夏秋冬花不断」の掛額もさびたり。門を入れば萩先ず目に赤く、立て並べたる自転車おびたゞし。左脇の家に人数多集い、念仏の声洋々たるは何の弔いか。その隣に楽焼の都鳥など売る店あ・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・現代の人間が四十歳くらいで得た人生観や信条をどこまでも十年一日のごとく固守して安心しているのが宜いか悪いか、それとも死ぬまでも惑い悶えて衰頽した躯を荒野に曝すのが偉大であるか愚であるか、それは別問題として、私は「四十にして不惑」という言葉の・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ラジオ通があるのに、三十年来この方面の学問に関係し、しかもそれで生活して来ている人間が、宅のラジオくらいを直すのに、一々ラジオ屋さんの御苦労を願うというのは自分ながら妙なことであると思われなくはない。紺屋の白袴とでもいうのか、元来心掛けの悪・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ 何しろあれだけ大きな建物がなくなってしまった事とて境内は荒野のように広々として重苦しい夕風は真実無常を誘う風の如く処を得顔に勢づいて吹き廻っているように思われた。今までは本堂に遮られて見えなかった裏手の墳墓が黒焦げになったまま立ってい・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫