・・・山は高房山の横点を重ねた、新雨を経たような翠黛ですが、それがまたしゅを点じた、所々の叢林の紅葉と映発している美しさは、ほとんど何と形容して好いか、言葉の着けようさえありません。こういうとただ華麗な画のようですが、布置も雄大を尽していれば、筆・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・川をはさんだ山は紅葉と黄葉とにすきまなくおおわれて、その間をほとんど純粋に近い藍色の水が白い泡を噴いて流れてゆく。 そうしてその紅葉と黄葉との間をもれてくる光がなんとも言えない暖かさをもらして、見上げると山は私の頭の上にもそびえて、青空・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・川をはさんだ山は紅葉と黄葉とにすきまなくおおわれて、その間をほとんど純粋に近い藍色の水が白い泡を噴いて流れてゆく。 そうしてその紅葉と黄葉との間をもれてくる光がなんとも言えない暖かさをもらして、見上げると山は私の頭の上にもそびえて、青空・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・前の晩、これを買う時に小野君が、口をきわめて、その効用を保証した亀の子だわしもある。味噌漉の代理が勤まるというなんとか笊もある。羊羹のミイラのような洗たくせっけんもある。草ぼうきもあれば杓子もある。下駄もあれば庖刀もある。赤いべべを着たお人・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・のだったが、横幅のかった丈けの低い父の歩みが存外しっかりしているのを、彼は珍しいもののように後から眺めた。 物の枯れてゆく香いが空気の底に澱んで、立木の高みまではい上がっている「つたうるし」の紅葉が黒々と見えるほどに光が薄れていた。シリ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・シリベシ川の川瀬の昔に揺られて、いたどりの広葉が風もないのに、かさこそと草の中に落ちた。 五、六丁線路を伝って、ちょっとした切崕を上がるとそこは農場の構えの中になっていた。まだ収穫を終わらない大豆畑すらも、枯れた株だけが立ち続いていた。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・何時の間に花が咲いて散ったのか、天気になって見ると林の間にある山桜も、辛夷も青々とした広葉になっていた。蒸風呂のような気持ちの悪い暑さが襲って来て、畑の中の雑草は作物を乗りこえて葎のように延びた。雨のため傷められたに相異ないと、長雨のただ一・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・毎日きれいに照らす日の目も、毎晩美しくかがやく月の光も、青いわか葉も紅い紅葉も、水の色も空のいろどりも、みんな見えなくなってしまうのです。試みに目をふさいで一日だけがまんができますか、できますまい。それを年が年じゅう死ぬまでしていなければな・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・楽屋落ちのようだが、横に拡がるというのは森田先生の金言で、文章は横に拡がらねばならぬということであり、紅葉先生のは上に重ならねばならぬというのであった。 その年即ち二十七年、田舎で窮していた頃、ふと郷里の新聞を見た。勿論金を出して新聞を・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 祖母が縫ってくれた鞄代用の更紗の袋を、斜っかいに掛けたばかり、身は軽いが、そのかわり洋傘の日影も持たぬ。 紅葉先生は、その洋傘が好きでなかった。遮らなければならない日射は、扇子を翳されたものである。従って、一門の誰かれが、大概洋傘・・・ 泉鏡花 「栃の実」
出典:青空文庫