・・・吾人は貞淑なる夫人のために満腔の同情を表すると共に、賢明なる三菱当事者のために夫人の便宜を考慮するに吝かならざらんことを切望するものなり。……」 しかし少くとも常子だけは半年ばかりたった後、この誤解に安んずることの出来ぬある新事実に遭遇・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・とは行旅の情をうたったばかりではない。我我は常に「ありたい」ものの代りに「あり得る」ものと妥協するのである。学者はこの椎の葉にさまざまの美名を与えるであろう。が、無遠慮に手に取って見れば、椎の葉はいつも椎の葉である。 椎の葉の椎の葉たる・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・もし、ひょんな事があるとすると――どう思う、どう思う、源助、考慮は。」「尋常、尋常ごとではござりません。」と、かッと卓子に拳を掴んで、「城下の家の、寿命が来たんでござりましょう、争われぬ、争われぬ。」 と半分目を眠って、盲目がす・・・ 泉鏡花 「朱日記」
一 木曾街道、奈良井の駅は、中央線起点、飯田町より一五八哩二、海抜三二〇〇尺、と言い出すより、膝栗毛を思う方が手っ取り早く行旅の情を催させる。 ここは弥次郎兵衛、喜多八が、とぼとぼと鳥居峠を越すと、日・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ こういう道義的アナーキズム時代における人の品行は時代の背景を斟酌して考慮しなければならない。椿岳は江戸末季の廃頽的空気に十分浸って来た上に、更にこういう道義的アナーキズム時代に遭逢したのだから、さらぬだに世間の毀誉褒貶を何の糸瓜とも思・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・かえってこういう空想を直ちに実現しようと猛進する革命党や無政府党の無謀無考慮無経綸を馬鹿にし切っていた。露都へ行く前から露国の内政や社会の状勢については絶えず相応に研究して露国の暗流に良く通じていたが、露西亜の官民の断えざる衝突に対して当該・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そして、地下にある人の思想と、趣味とを考慮してか、それとも無意識的にか、其処に建設された墓石と、葬られた人とを想い併せて、不自然に考えることもあれば、また、苦笑を禁じ得ざることもあるのである。 ラスキンは言ったのである。死者は、よろしく・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・これは冷淡な教父の如き心でいうのでなく、現実的な考慮を経ていうのである。つまり女を知るの機会は、もし欲するなら、壮年期に幾らでもあるからである。 もっとも二十五歳まで女を知らなければ、知りたいための悩みを持つであろう。しかしその悩みは青・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 第四巻 れいに依って、発表の年代順に、そうして著者みずからのその作品に対する愛着の程をも考慮し、この巻には以上の如き作品を収録することにした。 気がついてみると、その作品の大部分は、「旅」に於ける収穫のよう・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私のきらいな人というのは、私の店の原稿用紙をちっとも買ってくれない人を指して居るのではなく、文壇に在って芸術家でもなんでもない心の持主を意味して居ります。尠くともこの間に少しも功利的の考えを加えて居らぬこ・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫