・・・他の雑誌に分載されるのだったら、こんな抜書きは許すべからざる犯罪にきまっているが、三百枚いちどに単行本として出版するんだから、まあ、五、六枚のところは、笑許、なんて言葉はない、御寛恕を乞う次第だ。どうせ映画の予告篇、結果に於いては、宣伝みた・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・迫害者に対しては常に受動的であり、教えを乞う者にはどんな馬鹿な質問にでも真面目に親切に答えている。 智能の世界においての貴族である彼は社会の一員としては生粋のデモクラットである。国家というものは、彼にとってはそれ自身が目的でも何でもない・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ それで、研学の徒はあまり頭のいい先生にうっかり助言を請うてはいけない。きっと前途に重畳する難関を一つ一つしらみつぶしに枚挙されてそうして自分のせっかく楽しみにしている企図の絶望を宣告されるからである。委細かまわず着手してみると存外指摘・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・もし以上の如き珍々先生の所論に対して不同意な人があるならば、請う試みに、旧習に従った極めて平凡なる日本人の住家について、先ずその便所なるものが縁側と座敷の障子、庭などと相俟って、如何なる審美的価値を有しているかを観察せよ。母家から別れたその・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ これも同じ縁日の夜に、一人相撲というものを取って銭を乞う男があった。西、両国、東、小柳と呼ぶ呼出し奴から行司までを皆一人で勤め、それから西東の相撲の手を代り代りに使い分け、果は真裸体のままでズドンと土の上に転る。しかしこれは間もなく警・・・ 永井荷風 「伝通院」
熊本の徳富君猪一郎、さきに一書を著わし、題して『将来の日本』という。活版世に行なわれ、いくばくもなく売り尽くす。まさにまた版行せんとし、来たりて余の序を請う。受けてこれを読むに、けだし近時英国の碩学スペンサー氏の万物の追世・・・ 中江兆民 「将来の日本」
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上るこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・祭る聖母は恋う人の為め、人恋うは聖母に跪く為め。マリアとも云え、クララとも云え。ウィリアムの心の中に二つのものは宿らぬ。宿る余地あらばこの恋は嘘の恋じゃ。夢の続か中庭の隅で鉄を打つ音、鋼を鍛える響、槌の音、ヤスリの響が聞えて、例の如く夜が明・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 次に、火夫が、憐を乞うような眼で、そこら中を見廻しながら、そして、最後の反抗を試みながら、「勝手」に飛び込んだ。「南無阿弥陀仏」と、丈夫な誰かが云ったようだった。「たすけ……」と、落ちてゆく病人が云ったようだった。そんな気がし・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥虚威を咎めてその停滞を今日に洩らさんとするは、空屋の門に立て案内を乞うがごとく、蛇の脱殻を見て捕えんとする者のごとし。いたずらに自から愚を表して他の嘲を買うに過ぎず。すべて今の士族はその身分を落し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫