・・・頭の上で近付けた両手を急速に左右に離して空中に円を描くような運動、何かものを跨ぎ越えるような運動、何ものかに狙い寄るような運動、そういうような不思議な運動が幾遍となく繰り返された。 前の二種の舞がいかにもゆるやかな、のんびりとしたもので・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・このような流れが海の底の敷居を越える時には、丁度橋杙などの下流が掘れくぼむと同じような訳で、敷居の下流のところがだんだんに深くなったのであろうという説があります。 このほか名高い瀬戸や普通の人の知らぬ瀬戸で潮流の早いところは沢山あります・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・千人針にもついでに五銭白銅を縫付け「しせんを越える」というおまじないにする人もあるという話である。これも後世のために記録しておくべき史実の一つである。いずれにしても愛嬌があって、そうして何らの害毒を流す恐れのないのみならず、結果においては意・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・去年の秋の所見によると塩尻から辰野へ越える渓谷の両側のところどころに樹木が算を乱して倒れあるいは折れ摧けていた。これは伊那盆地から松本平へ吹き抜ける風の流線がこの谷に集約され、従って異常な高速度を生じたためと思われた。こんな谷の斜面の突端に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・他の国を旅行して帰りにドイツの国境を超えると同時に、この緊張がいつも著しく眼についた、すべてのものがカイゼルの髭のように緊張していた。英国へ渡るとなんだか急に呑気になった、巡査を見ても牛乳屋を見ても誰を見ても一様に呑気な顔をしていた。あまり・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・三番と掛札した踏切を越えると桜木町で辻に交番所がある。帽子を取って恭しく子規の家を尋ねたが知らぬとの答故少々意外に思うて顔を見詰めた。するとこれが案外親切な巡査で戸籍簿のようなものを引っくり返して小首を傾けながら見ておったが後を見かえって内・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・旋風内の最高風速はよくはわからないが毎秒七八十メートルを越える事も珍しくはないらしい。弾丸の速度に比べれば問題にならぬが、おもちゃの弓で射た矢よりは速いかもしれない。数年前アメリカの気象学雑誌に出ていた一例によると、麦わらの茎が・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・彼らは手引を先に立てて村から村へ田甫を越える。げた裾から赤いゆもじを垂れてみんな高足駄を穿いて居る。足袋は有繋に白い。荷物が図抜けて大きい時は一口に瞽女の荷物のようだといわれて居る其紺の大風呂敷を胸に結んで居る。大きな荷物は彼等が必ず携帯す・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・熊が馬へ乗って埒の周囲をかけ廻る、棒を飛び超える、輪抜けをすると書いてある。面白そうだ。此度は広告を見た。「ライシアム」で「アーヴィング」が「シェクスピヤ」の「コリオラナス」をやると出ている。せんだって「ハー・マジェスチー」座で「トリー」の・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・如何にして時空の世界の中にありて、しかもこれを越えるということが可能であるか。それは表現的関係によって考えられねばならない。自己が世界を表現するとともに、世界の自己表現の一立脚点である。かかる矛盾的自己同一の形式によって、我々の自己の自覚的・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫