・・・ そのまっ黒な、松や楢の林を越えると、俄かにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ亘っているのが見え、また頂の、天気輪の柱も見わけられたのでした。つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢の中からでも薫りだしたという・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ また一方、女性として必然に持たねばならぬ母というものに就いていえば、母にとっては子供は大きな心の対象となるもので、一方で自分の芸術のために、良人は越えることが出来るとしても、子供を本当に忘れ切ることは出来ないでしょう。例えば自分の書く・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・ 人間は人間を超える力を持って居ります。然し其と同時に、獣より悪い獣に成る事もございます。人は少くとも人間の構成した社会に於て持つべき正当な権利と義務丈は、正確に自覚し又保有すべきではないでございましょうか。人類として総勘定の内に入れら・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
父かたの祖母も母かたの祖母も八十を越えるまで存命だったので、どちらも私の思い出のなかにくっきりとした声や姿や心持ちを刻みのこしているが、祖父となると両方とも大変早く没している。 父かたの祖父は私が生れた時分、もう半身の・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・それにもまして、今回は八十ヵ国を越える国々から平和の代表が参集した。ヒロシマ、ナガサキの経験を持つ日本の人々は何一つ罪ない人民をみな殺しにした原子兵器が世界のどこでもまたと使用されることがないようにストックホルムのアッピールへは数百万の人々・・・ 宮本百合子 「世界は求めている、平和を!」
・・・をすると思う。其時に「人」はよくなる。生きる霊魂には斯ういう忘我がなければならない。小細工に理窟で修繕するのではない根からすっかり洗われるのだ。そして軽々と「果」を超える。只一点に成るのだ。 昔小学校で送った幾年かの記憶は、渾沌とし・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・ 修道院に若くて美くしい尼御前の大勢になるのもこの時でお寺の墓掘りの懐の肥えるのもその時でござりますじゃ。 尊い御仁のけんかほど、大きい地面がゆるぎますでの。 天にござる神々のけんかなされた時には――ずうっと幼ない時にききました・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・運命を知り、魂を浄め、時間と空間の規制を超える生命の智慧である。 人間の心を、心の起す種々雑多な現象を、観、批評し、想い思う明らかな叡智を、充分に持って居ないのではあるまいか。 総ての人間は戦った。けれども平和を求めて居たのだ。・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・ただ半蔵が百姓の一揆を理解しても、或はセイタを背負うても、自身の「限界を越えることは出来ぬのである」とだけ書きすてず、何故それを越え得ず、越えなかったのはどの点だ、と説明すべきだったと思う。労働者のやるようなことをやったって労働者じゃない、・・・ 宮本百合子 「「夜明け前」についての私信」
・・・ 当時、まだ若かった平塚らいてう氏と森田草平氏とが、ダヌンツィオの影響で、恋愛は死を超えるものか、死が恋愛を負かすものであるか、という、今日から見ると稚げとも思える一つの観念的な試みのために伊香保の雪の山中に行ったりした事件に対し、漱石・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫