・・・「そうね。金さんは元から熱湯好きだったね。だけど、酔ってる時だけは気をおつけよ、人事じゃないんだよ」「大きに! まだどうも死ぬにゃ早いからな」「当り前さ、今から死んでたまるものかね。そう言えば、お前さん今年幾歳になったんだっけね・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 爺さんは両手を前へ出して、見物の一人一人からお金を貰って歩きました。 大抵な人は財布の底をはたいて、それを爺さんの手にのせて遣りました。私の乳母も巾着にあるだけのお金をみんな遣ってしまいました。 爺さんは金をすっかり集めてしま・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・が、やはりテクテクと歩いて行ったのは、金の工面に日の暮れるその足で、少しでも文子のいる東京へ近づきたいという気持にせきたてられたのと、一つには放浪への郷愁でした。 そう言えば、たしかに私の放浪は生れたとたんにもう始まっていました……。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ いよ/\敷金切れ、滞納四ヵ月という処から家主との関係が断絶して、三百がやって来るようになってからも、もう一月程も経っていた。彼はこの種を蒔いたり植え替えたり縄を張ったり油粕までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
一 それはある日の事だった。―― 待っていた為替が家から届いたので、それを金に替えかたがた本郷へ出ることにした。 雪の降ったあとで郊外に住んでいる自分にはその雪解けが億劫なのであったが、金は待ってい・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・私はもうこの間拵えていただいた友禅もあの金簪も、帯も指環も何もいりませぬ。皆そッくり奥村さんにお上げなさいまし。この間仕立てろとおっしゃって、そのままにして家へ置いて来た父様のお羽織なんぞは、わざと裁ち損って疵だらけにして上げるからいいわ。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 永年の繁盛ゆえ、かいなき茶店ながらも利得は積んで山林田畑の幾町歩は内々できていそうに思わるれど、ここの主人に一つの癖あり、とかく塩浜に手を出したがり餅でもうけた金を塩の方で失くすという始末、俳諧の一つもやる風流気はありながら店にすわっ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・働く腕、才能をさすのではない。妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦愛を傷つける場合は少なくないし、またあまりそういう働きのあるような婦人は、愛が濃やかでなく、すべて・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 陸軍病院で――彼は、そこに勤務していた――毎月一円ずつ強制的に貯金をさせられている。院長の軍医正が、兵卒に貯金をすることを命じたのだ。 俸給が、その時、戦時加俸がついてなんでも、一カ月五円六十銭だった。兵卒はそれだけの金で一カ月の・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それに彼は、いくらか小金を溜めて、一割五分の利子で村の誰れ彼れに貸付けたりしていた。ついすると、小作料を差押えるにもそれが無いかも知れない小作人とは、彼は類を異にしていた。けれども、一家が揃って慾ばりで、宇一はなお金を溜るために健二などゝ一・・・ 黒島伝治 「豚群」
出典:青空文庫