・・・だから、あの人が、私の辛苦して貯めて置いた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしくむだ使いしても、私は、なんとも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも、優しい言葉の一つ位は掛けてくれてもよさそうなのに、あの人は、いつでも私に意地・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・私の貯めた粒粒の小金を、まず友人の五円紙幣と交換するのである。手の切れるほどあたらしい紙幣であれば、私の心はいっそう跳った。私はそれを無雑作らしくポケットにねじこみ、まちへ出掛けるのだ。月に一度か二度のこの外出のために、私は生きていたのであ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 用事があってこの店へ来ることはない。金貸しには交際があるが、それはこの店を禁物にしていて近寄らない。さて文士連と何の触接点があるかと云うと、当時流行のある女優を、文士連も崇拝しているし、中尉達も崇拝しているに過ぎない。中尉達の方では、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、どうしても鳴る、カタカタと鳴る。もう厭になってしまっ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・なんだか面倒になりそうだから、おれは十五に相当する金をやった。部屋に這入って見ると、机の上に鹿の角や花束が載っていて、その傍に脱して置いて出た古襟があった。窓を開けて、襟を外へ投げた。それから着物を脱いで横になった。しかし今一つ例の七ルウブ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・取扱っているものが人間の社会で、使っているものが兵隊や金である。いずれも科学的には訳の分らないものであるが、ただ世人の生活に直接なものであるだけに、事柄が誰にも分りやすいように思われる。 これに反してアインシュタインの取扱った対象は抽象・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・「いくらもありゃしませんけれどな、お金なぞたんと要らん思う。私はこれで幸福や」そう言って微笑していた。 もっと快活な女であったように、私は想像していた。もちろん憂鬱ではなかったけれど、若い女のもっている自由な感情は、いくらか虐げられ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・それでも家には小金の貯えも少しはあって、十六七の娘に三味線を仕込などしている。遊芸をみっちり仕込んだ嫖致の好い姉娘は、芝居茶屋に奉公しているうちに、金さんと云う越後産の魚屋と一緒になって、小楽に暮しているが、爺さんの方へは今は余り寄りつかな・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・あたかも明治の初年日本の人々が皆感激の高調に上って、解脱又解脱、狂気のごとく自己を擲ったごとく、我々の世界もいつか王者その冠を投出し、富豪その金庫を投出し、戦士その剣を投出し、智愚強弱一切の差別を忘れて、青天白日の下に抱擁握手抃舞する刹那は・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 頭をなでてくれたり、私が計算してわたす売上金のうちから、大きな五厘銅貨を一枚にぎらしてくれることもあった。 五厘銅貨など諸君は知らないかも知れぬが、いまの一銭銅貨よりよっぽど大きかったし、五厘あると学校で書き方につかう半紙が十枚も・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫