・・・狂人のような悶えでそれを引き裂き、私を殺すであろう酷寒のなかの自由をひたすらに私は欲した。 こうした感情は日光浴の際身体の受ける生理的な変化――旺んになって来る血行や、それにしたがって鈍麻してゆく頭脳や――そう言ったもののなかに確かにそ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・師走、酷寒の夜半、女はコオトを着たまま、私もマントを脱がずに、入水した。女は、死んだ。告白する。私は世の中でこの人間だけを、この小柄の女性だけを尊敬している。私は、牢へいれられた。自殺幇助罪という不思議の罪名であった。そのときの、入水の場所・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 酷寒の季節に酷暑に遭った例がある。高等学校時代のある冬休みに大牟田炭坑を見学に行った時のことである。冬服にメリヤスを重ね着した地上からの訪問者には、地下増温率によって規定された坑内深所の温度はあまりに高過ぎた。おまけに所々に蒸気機関が・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・冬の酷寒には水滴の代わりに美しい羽毛状の氷の結晶模様ができる。おもしろいことには、水滴が付着する場合に、一枚一枚のガラスの上のほうと下のほうとで、水滴の大きさや並び方に一定の統計的な相違があることである。これは温度の相違によるか、それともガ・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
出典:青空文庫