・・・そして途中乞食をしながら、ほとんど二十日余りもかかって福島まで歩いてきたのだが、この先きは雪が積っていて歩けぬので、こうして四五日来ここの待合室で日を送っているのだというのであった。「巡査に話してみたのか?」「話したけれど取上げてく・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ここに来かかりし乞食あり。小供の一人、「紀州紀州」と呼びしが振向きもせで行過ぎんとす。うち見には十五六と思わる、蓬なす頭髪は頸を被い、顔の長きが上に頬肉こけたれば頷の骨尖れり。眼の光濁り瞳動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。纒い・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ますと、他の、例えばキス釣なんぞというのは立込みといって水の中へ入っていたり、あるいは脚榻釣といって高い脚榻を海の中へ立て、その上に上って釣るので、魚のお通りを待っているのですから、これを悪く言う者は乞食釣なんぞと言う位で、魚が通ってくれな・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・すると、或朝、一人のよぼよぼの乞食のじいさんが、ものをもらいに来ました。夫婦は、かわいそうだと思って、じぶんたちの食べるものを分けてやりました。 乞食のじいさんは、二人が、へんにしおしおしているのを見て、どうしたわけかと聞きました。二人・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ むかし、古事記の時代に在っては、作者はすべて、また、作中人物であった。そこに、なんのこだわりもなかった。日記は、そのまま小説であり、評論であり、詩であった。 ロマンスの洪水の中に生育して来た私たちは、ただそのまま歩けばいいのである・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・げんにあの秋ちゃんなど、大谷さんと知合ったばかりに、いいパトロンには逃げられるし、お金も着物も無くしてしまうし、いまはもう長屋の汚い一部屋で乞食みたいな暮しをしているそうだが、じっさい、あの秋ちゃんは、大谷さんと知合った頃には、あさましいく・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・日本は、古事記。日本書紀。万葉の国なり。長編小説などの国には非ず。小説家たる君、まず異国人になりたまえ。あれも、これも、と佳き工合には、断じていかぬよう也。君の兄たり友たり得るもの、プウシキン、レエルモントフ、ゴオゴリ、トルストイ、ドストエ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 背景となるべき一つの森や沼の選択に時には多くの日子と旅費を要するであろうし、一足の古靴の選定にはじじむさい乞食の群れを気長く物色することも必要になるであろう。 このようにして選択された分析的要素の撮影ができた上で、さらに第二段の選・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・gniev はギリシアの動詞 aganaktein の頭部に似ている。古事記の「いごのふ」にも似ている。gn をロシア流に hn にする一方で、「忿怒」から「心」を取り去って、呉音で読めば hnn である。 英語の gnarl は「うな・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・しかし、たまには三原山記事を割愛したそのかわりに思い切って古事記か源氏物語か西鶴の一節でも掲載したほうがかえって清新の趣を添えることになるかもしれない。毎日繰り返される三原山型の記事にはとうの昔にかびがはえているが、たまに眼をさらす古典には・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
出典:青空文庫