・・・ひどくこせこせした歩き方だった。それがなにかあわれだった。 女は特徴のある眇眼を、ぱちぱちと痙攣させた。唇をぎゅっと歪めた。狼狽をかくそうとするさまがありありと見えた。それを見ると、私もまた、なんということもなしに狼狽した。 やがて・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・私のこせこせした心境を軽蔑しているようにも見える。「きょうは、でも、小坂さんの家へ行くんだろう?」「うむ、行って見ようか。」 行って見ようかも無いもんだ。御自分の嫁さんと逢うんじゃないか。「なかなかの美人のようだぜ。」私は、・・・ 太宰治 「佳日」
・・・風来もののドリスがどの位面白い家持ちをするかと云うことが、始て経験せられた。こせこせした秩序に構わないで、住心地の好いようにしてくれる。それになかなか品位を保っている。なんの役も勤まる女である。 二人きりで寂しくばかり暮しているというわ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・死んだ借り物の知識のこせこせとした羅列に優る事どれだけだか分らない。そして更に生徒を相手にし助手にして、生徒から材料を集めさせたりして研究をすすめればよい。 間違いを教えたとしてもそれはそれほど恥ずべき事ではない。また生徒の害にもならな・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・それに比べて見ると、そこらに立っている婦人の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせこせした不調和な継ぎ合わせもののように見えた。こんなものでも半年も戸外につるして雨ざらしにして自然の手にかけたら、少しは落ちついたいい色調になるかもしれないと思っ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・この人のに似通った日本人の絵も沢山あるようだが、でも、この人のにはどこかに、こせこせしない、のびやかなところがあるような気がする。少し思い切って遠く離れて見ると一層そんな気がする。 アスランでもビッシェルでも、出来不出来は別として、やは・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・むやみに巾着切りのようにこせこせしたり物珍らしそうにじろじろ人の顔なんどを見るのは下品となっている。ことに婦人なぞは後ろをふりかえって見るのも品が悪いとなっている。指で人をさすなんかは失礼の骨頂だ。習慣がこうであるのにさすが倫敦は世界の勧工・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・あの辺の自然はおう揚で規模の壮大な野放しの美に充ちているから、その位のありふれたロマンスでもきっとそうこせこせ極りわるい思いをさせずに存在させたでしょう。しかし、何という私はおばあさんに縁の深い人間だろう、私の拍子木に答えて来るのは、おばあ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ それでも、叱られ叱られ毎日、朝から晩まで、こせこせ働いて居たうちは、いろいろな仕事に気がまぎれて、少時の間辛い事を忘れて居る様な時もあったけれ共、こう床についたっきりになって、何をするでもなくて居るのは只辛い事ばかりが思われて、お君は・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・だの美辞は横溢しているくせに、級の幹事が、ここで女教師代用で、髪形のことや何かこせこせした型をおしつけた。その頃の目白は、大学という名ばかりで、学生らしい健全な集団性もなく、さりとて大学らしい個性尊重もされていなかった。 学生というはっ・・・ 宮本百合子 「女の学校」
出典:青空文庫