・・・これも疎忽ものが読むと、花袋君と小生の嗜好が一直線の上において六年の相違があるように受取られるから、御断りを致しておきたい。 花袋君がカッツェンステッヒに心酔せられた時分、同書を独歩君に見せたら、拵らえものじゃないかと云って通読しなかっ・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・それだから私は博士を断りました。しかしあなた方は――手を叩いたって駄目です。現に博士という名にごまかされているのだから駄目です。例えば明石なら明石に医学博士が開業する、片方に医学士があるとする。そうすると医学博士の方へ行くでしょう。いくら手・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・無論話すことさえあれば、どこへ行って何をやっても差支ないはずですが、暑中の際そうそう身体も続きませぬから、好い加減のところで断りたいと思っております。しかしこの堺は当初からの約束で是非何か講話をすべきはずになっておりましたから私の方もそれは・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ちょいとでも一しょに寝て、今夜ッきり来ないことを一言断りゃいいんだ。もう今夜ッきりきッと来ない。来ようと思ッたッて来られないのだ。まだ去らないのかなア。もう帰りそうなものだ。大分手間が取れるようだ。本統に帰るのか知らん。去らなきゃ去らないで・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
去年の春、我が慶応義塾を開きしに、有志の輩、四方より集り、数月を出でずして、塾舎百余人の定員すでに満ちて、今年初夏のころよりは、通いに来学せんとする人までも、講堂の狭きゆえをもって断りおれり。よってこのたびはまた、社中申合・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・などといりもしない断り書きをするほど、そんな不必要なお喋りをするであろうか! そういう作家であるからこそかんじんの村の集りで自分だけいい心持ちになって喋り、やがて「あたりを見廻して」みなが自分のまわりを離れ、区長や雑貨屋の方へかたまって彼を・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・だの、何とあれは云ったか知らんポヤポヤした狐の尾の様な草も沢山断りなしにはびこって居る。 あんまり雑草にはびこられたので、十本ほどあったカアネーションは消えたものと見えて、何処にも見あたらない。 苗床と苗床との間を一杯にコスモスがひ・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 中河さんが、右は冗談にあらずという断り書をつけ、真面目に云っておられるのが、私を微笑させた。同時に愉快な感じを与えた。世の中には、浅薄な人間はそれをきいてただ笑うが本当は大切なことだという問題が多くある。人は、笑われても平気で正面から・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・けれども、瀧田氏は、誰でも知るあの言葉つきで、「断りました」と云った。「なぜ?」「私は一さい情実に捕われないことにしています……書いたものを買うなら別だが」 一つの插話にすぎないが、私は、氏の編輯者道とでもいうべきものの・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
・・・縫台の上の竹筒に挿した枝に対い、それを断り落す木鋏の鳴る音が一日していた。 ある日、こういう所へ東京から私の父が帰って来た。父は夜になると火薬をケースに詰めて弾倉を作った。そして、翌朝早くそれを腹に巻きつけ、猟銃を肩に出ていった。帰りは・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫