・・・予は人の葬を送って墓穴に臨んだ時、遺族の少年男女の優しい手が、浄い赭土をぼろぼろと穴の中に翻すのを見て、地下の客がいかにも軟な暖な感を作すであろうと思ったことがある。鴎外の墓穴には沙礫乱下したのを見る外、ほとんど軟い土を投じたのを見なかった・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・直ぐにきいきいと轆轤の軋る音、ざっざっと水を翻す音がする。 花房は暫く敷居の前に立って、内の様子を見ていた。病人は十二三の男の子である。熱帯地方の子供かと思うように、ひどく日に焼けた膚の色が、白地の浴衣で引っ立って見える。筋肉の緊まった・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ 間髪を入れぬ栖方の説明は、梶の質問の壺には落ち込んでは来なかったが、いきなり、廻転している眼前の扇風機をひっ掴んで、投げつけたようなこの栖方の早業には、梶も身を翻す術がなかった。「その手で君は発明をするんだな。」「おれのう、街・・・ 横光利一 「微笑」
・・・社会主義が奮然として赤旗を翻す時、帝国主義は冷然として進水式をやっている。電車のただ乗りを発明する人と半農主義者とは同じ米を食っている。身のとろけるような艶な境地にすべての肉の欲を充たす人がうらやまれている時、道学先生はいやな眼つきで人を睨・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫