・・・と言う諢名をつけていた。「ジンゲジ」とは彼女の顔だちの肉感的なことを意味するのだった。僕等は二人ともこの少女にどうも好意を持ち悪かった。もう一人の少女にも、――Mはもう一人の少女には比較的興味を感じていた。のみならず「君は『ジンゲジ』にしろ・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ピストル強盗は渾名通り、ちゃんとピストルを用意していた。二発、三発、――ピストルは続けさまに火を吐いた。しかし巡査は勇敢に、とうとう偽目くらに縄をかけた。兵卒たちはさすがにどよめいた。が、彼等の間からは、やはり声一つかからなかった。 中・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・が番頭の話を聞くと、直ぐに横から口を出したのは、古狐と云う渾名のある、狡猾な医者の女房です。「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年中には、きっと仙人にして見せるから。」「左様ですか? それは善い事を伺いました。では何分願います・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・などと呼ばれていたのも、完くこの忠諫を進める所から来た渾名である。 林右衛門は、修理の逆上が眼に見えて、進み出して以来、夜の目も寝ないくらい、主家のために、心を煩わした。――既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城し・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・という女中が一人あった。この女中はのちに「源さん」という大工のお上さんになったために「源てつ」という渾名を貰ったものである。 なんでも一月か二月のある夜、地震のために目をさました「てつ」は前後の分別を失ったとみえ、枕もとの行灯をぶら下げ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・――とか何とか云う理由から、このカッフェの定連の間には、夙に通俗小説と云う渾名が出来ているらしい。もっとも渾名にはまだいろいろある。簪の花が花だから、わすれな草。活動写真に出る亜米利加の女優に似ているから、ミス・メリイ・ピックフォオド。この・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・とこそこそと姿を隠した。「それ『まだか』が来おったぞ」といって人々は彼れを恐れ憚った。もう顔がありそうなものだと見上げても、まだ顔はその上の方にあるというので、人々は彼れを「まだか」と諢名していたのだ。 時々佐藤の妻と彼れとの関係が、人・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・瀬古 沢本、おまえはさもしい男だなあ、なんぼ生蕃と諢名されているからって、美術家ともあろうものが「食えそうなもの」とはなんだね。沢本 食えそうなものが出てきたんかといっただけで、なんでさもしい。ああ俺はもうだめだ。食えそうなもの・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 晩のお菜に、煮たわ、喰ったわ、その数三万三千三百さるほどに爺の因果が孫に報って、渾名を小烏の三之助、数え年十三の大柄な童でござる。 掻垂れ眉を上と下、大きな口で莞爾した。「姉様、己の号外だよ。今朝、号外に腹が痛んだで、稲葉丸さ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・……と、場所がよくない、そこらの口の悪いのが、日光がえりを、美術の淵源地、荘厳の廚子から影向した、女菩薩とは心得ず、ただ雷の本場と心得、ごろごろさん、ごろさんと、以来かのおんなを渾名した。――嬰児が、二つ三つ、片口をきくようになると、可哀相・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
出典:青空文庫