・・・「さあ、正直に白状おし。お前は勿体なくもアグニの神の、声色を使っているのだろう」 さっきから容子を窺っていても、妙子が実際睡っていることは、勿論遠藤にはわかりません。ですから遠藤はこれを見ると、さては計略が露顕したかと思わず胸を躍ら・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・小作人たちは、「さあ、ずっとお寄りなさって。今日は晴れているためかめっきり冷えますから」 と早田が口添えするにもかかわらず、彼らはあてこすりのように暗い隅っこを離れなかった。彼は軽い捨て鉢な気分でその人たちにかまわず囲炉裡の横座にす・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ * * *「もう五分で六時だ。さあ、時間だ。」検事はこう云って立ち上がった。 十二人の名誉職、医者、警部がいずれも立つ。のろのろと立つのも、きさくらしく立つのもある。顔は・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・宿屋の硯を仮寝の床に、路の記の端に書き入れて、一寸御見に入れたりしを、正綴にした今度の新版、さあさあかわりました双六と、だませば小児衆も合点せず。伊勢は七度よいところ、いざ御案内者で客を招けば、おらあ熊野へも三度目じゃと、いわれてお供に早が・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「お父さんすぐ九十九里へいこうよう」「さあお父さんてば早くいこうよう」 予も早く浜に行きたいは子どもらと同じである、姉夫婦もさあさあとしたくをしてくれる。車屋が来たという。二十年他郷に住んだ予には、今は村のだれかれ知った顔も少な・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・「宜かった、宜かった、最少し遅れようもんなら復た怒られる処だった。さあ、来給え、」と先きへ立って直ぐ二階の書斎へ案内した。「こないだは失敬した。君の名を知らんもんだからね、どんな容子の人だと訊くと、鞄を持ってる若い人だというので、(取次がそ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・「先生、ここはどこでしょうか。」 知らない、文化住宅のたくさんあるところへ出たときに、年子はこうたずねました。「さあ、私もはじめてなところなの。どこだってかまいませんわ。こうして楽しくお話しながら歩いているんですもの。」「え・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 男はキュウと盃を干して、「さあお光さん、一つ上げよう」「まあ私は……それよりもお酌しましょう」「おっと、零れる零れる。何しろこうしてお光さんのお酌で飲むのも三年振りだからな。あれはいつだったっけ、何でも俺が船へ乗り込む二三日前・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「さあ、大変だ。孫はどうしたのでございましょう。孫はどうして降りて来るのでございましょう」 そう言ってる途端に、どしんという音がして何か空から落こって来ました。 それは子供の頭でした。「わあ、大変だ。孫はきっと天国で梨の実を・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・女がいるのを見て、あっと思ったらしかったが、すぐにこにこした顔になると、「さあ、買うて来ましたぜ」 と、新聞紙に包んだものを、私の前に置いた。罎のようだったから、訳がわからず、変な顔をしていると、男は上機嫌に、「石油だ。石油だす・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫