・・・それが、純粋自然主義にあってはたんに見、そして承認するだけの事を、その同棲者が無遠慮にも、行い、かつ主張せんとするようになって、そこにこの不思議なる夫婦は最初の、そして最終の夫婦喧嘩を始めたのである。実行と観照との問題がそれである。そうして・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 記載報告ということは文芸の職分の全部でないことは、植物の採集分類が植物学の全部でないと同じである。しかしここではそれ以上の事は論ずる必要がない。ともかく前いったような「人」が前いったような態度で書いたところの詩でなければ、私は言下に「・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 時に九月二日午前七時、伏木港を発する観音丸は、乗客の便を謀りて、午後六時までに越後直江津に達し、同所を発する直江津鉄道の最終列車に間に合すべき予定なり。 この憐むべき盲人は肩身狭げに下等室に這込みて、厄介ならざらんように片隅に踞り・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・と、僕の妻は最終の責任を感じて、異境の空に独りぼっちの寂しさをおぼえた。僕は、出発の当時、井筒屋の主人に、すぐ、僕が出直して来なければ、電報で送金すると言っておいたのだ。 先刻から、正ちゃんもいなくなっていたが、それがうちへ駆けつけて来・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この最終の自筆はシドロモドロで読み辛いが、手捜りにしては形も整って七行に書かれている。中には『回外剰筆』にある通り、四行五行に、大きく、曲りくねって字間も一定せず、偏と旁が重なり合ったり離れ過ぎたりして一見盲人の書いたのが点頭かれるのもある・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・僕いろいろな虫を採集して標本を造るんじゃないか。」 二郎さんは、はや、捕虫網を持ってきました。すると、突然お母さんが、「あのちょうを捕ってはいけませんよ。あの黒いちょうは、毎日いまごろ、ゆりの花に飛んでくるのです。お母さんは、とうか・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・ そして八日目の今日は淀の最終日であった。これだけは手離すまいと思っていた一代のかたみの着物を質に入れて来たのだ。質屋の暖簾をくぐって出た時は、もう寺田は一代の想いを殺してしまった気持だった。そして、今日この金をスッてしまえば、自分・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・植物の採集をしにこの滝へ来た色の白い都の学生である。このあたりには珍らしい羊歯類が多くて、そんな採集家がしばしば訪れるのだ。 滝壺は三方が高い絶壁で、西側の一面だけが狭くひらいて、そこから谷川が岩を噛みつつ流れ出ていた。絶壁は滝のしぶき・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・ この記事が東京朝日新聞に出たのを見た滝野川の伊達氏が、わざわざ手紙をよこして、チャップリンの文楽見物の事実を知らせてくれた。最終日に「良弁杉の由来」の一部分を見て、夕飯後明治座へ行ったそうである。・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 採集した綿の中に包まれている種子を取り除く時に、「みくり」と称する器械にかける。これは言わば簡単なローラーであって、二つの反対に回る樫材の円筒の間隙に棉実を食い込ませると、綿の繊維の部分が食い込まれ食い取られて向こう側へ落ち、堅くてロ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
出典:青空文庫