・・・ 話が少し横道にそれてしまったが、ここで言わんとしたことは、俳句が最短の詩形であるがために、その語彙の中に連想と暗示の極度な圧縮が必要であるということ、それからまたそういう圧縮が可能となるための基礎条件として日本人のような特異な自然観が・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・書斎の軒の藤棚から居室の障子までは最短距離にしても五間はある。それで、地上三メートルの高さから水平に発射されたとして十メートルの距離において地上一メートルの点で障子に衝突したとすれば、空気の抵抗を除外しても、少なくも毎秒十メートル以上の初速・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・と白字で書いたプラカートが貼られ、一週間ずつの採炭高と生産計画とを対照した興味ある統計図がかかげられている。経営主任の責任ある位置にいるひとはやっと三十そこそこで、その辺にいる誰彼と一向違わない鳶色のルバーシカを着、元気に仕事をやっている。・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・ ○ 二定点間ノ最短距離ハソノ二点ヲ結ブ線分ナリ。 然し、みのえはジグザグ裏通りの狭いところを通って、女学校の往きに、時々油井の家へよった。会社員である油井も、電車へ八時半に乗らねばならぬ。「・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 主人が帝国採炭会社の理事長になって小倉に来てから、もう二年立った。その内大野の独身生活は小倉で名高いものになっていて、随って度々問題に上る。 主人は全く女というものなしに暮らしているのだろうか。富田もこの問題のために頭を悩ました一・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫