・・・佐和子と晴子は手をひき合い、かけ声をかけて砂丘をのぼって行った。「何御用」「Kへ行きませんか」「行ってもよくてよ」 Kは九八丁距たった昔からの宿であった。「電報を打たなけりゃならないから」「じゃちょうどいいわ」 ・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ 風は有っても砂をまきたてるほどでもないので丁度いいかげんにネルの躰を吹いて行く、こののどかなうきうきした娘のような景色の中を恥かしいほど重っくるしい陰気な心持で渚づたいに、別荘のわき、両方から砂丘がせまって一寸したくぼい形になって居る・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・ 私共は、通りぬけて砂丘の間を過ぎ、広い波打ちぎわまで余程の距離のある海辺に出た。寂しく、風があり、寒い。左手はずっと砂丘つづきで、ぼんやり灰色にかすんでいる。其方の方に向って、私の家の女中が一人で一生懸命に走って行く姿が小さく見える。・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・四つばかり年下の従妹はまだ結婚前で、従弟たちと心も軽く身も軽く、小松の茂った砂丘の亭で笑いたわむれている。そのなかに打ち交わりながら、自分の苦悩がこの若い人たちとは無縁であること、そして、自分の苦しみは見っともなくて重苦しいことを何と切なく・・・ 宮本百合子 「青春」
出典:青空文庫