・・・昼はお粥にさしみ、ほうれん草の様なもの。午後四時の間食には果物、時には駿河屋の夜の梅だとか、風月堂の栗饅頭だとかの注文をします。夕食は朝が遅いから自然とおくれて午後十一時頃になる。此時はオートミルやうどんのスープ煮に黄卵を混ぜたりします。う・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・と引っ込んで居る人ではなかったのですが、この時は妙に温しく「止しときましょうか」といって、素直にそれを思いとどめました。 十八日、浮腫はいよいよひどく、悪寒がたびたび見舞います。そして其の息苦しさは益々目立って来ました。この日から酸素吸・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・そのレコード止してくれない」聴き手の方の青年はウエイトレスがまたかけはじめた「キャラバン」の方を向いてそう言った。「僕はあのジャッズというやつが大嫌いなんだ。厭だと思い出すととても堪らない」 黙ってウエイトレスは蓄音器をとめた。彼女は断・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・そういう俗悪な精神になるのは止し給え。 僕の思っている海はそんな海じゃないんだ。そんな既に結核に冒されてしまったような風景でもなければ、思いあがった詩人めかした海でもない。おそらくこれは近年僕の最も真面目になった瞬間だ。よく聞いていてく・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・とうとう止してしまった。「コケコッコウ」 一声――二声――三声――もう鳴かない。ゴールへ入ったんだ。行一はいつか競漕に結びつけてそれを聞くのに慣れてしまった。 四「あの、電車の切符を置いてってくださいな」靴の・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・雪がせわしく降り出したので出張りを片付けている最後の本屋へ、先刻値を聞いて止した古雑誌を今度はどうしても買おうと決心して自分は入って行った。とっつきの店のそれもとっつきに値を聞いた古雑誌、それが結局は最後の選択になったかと思うと馬鹿気た気に・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・私には別にさした後悔もなかったが、知った人びとの誰彼がそうしたことを聞けばさぞ陰気になり気を悪くするだろうとそのことばかり思っていた。 そんなある日のこと私はふと自分の部屋に一匹も蠅がいなくなっていることに気がついた。そのことは私を充分・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
一 笆に媚ぶる野萩の下露もはや秋の色なり。人々は争うて帰りを急ぎぬ。小松の温泉に景勝の第一を占めて、さしも賑わい合えりし梅屋の上も下も、尾越しに通う鹿笛の音に哀れを誘われて、廊下を行き交う足音もやや淋しくな・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・の話になると、われ知らず、青春の血潮が今ひとたびそのほおにのぼり、目もかがやき、声までがつやをもち、やさしや、涙さえ催されます。 私が来た十九の時でした、城北大学といえば今では天下を三分してその一を保つとでも言いそうな勢いで、校舎も立派・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・「そこで僕はつくづく考えた、なるほど梶原の奴の言った通りだ、馬鹿げきっている、止そうッというんで止しちまったが、あれであの冬を過ごしたら僕は死でいたね」「其処でどういうんです、貴様の目下のお説は?」と岡本は嘲るような、真面目な風で言・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫