・・・ 妙子はやっと夢がさめたように、かすかな眼を開きました。「遠藤さん?」「そうです。遠藤です。もう大丈夫ですから、御安心なさい。さあ、早く逃げましょう」 妙子はまだ夢現のように、弱々しい声を出しました。「計略は駄目だったわ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 青侍は、色のさめた藍の水干の袖口を、ちょいとひっぱりながら、こんな事を云う。翁は、笑声を鼻から抜いて、またゆっくり話しつづけた。後の竹籔では、頻に鶯が啼いている。「それが、三七日の間、お籠りをして、今日が満願と云う夜に、ふと夢を見・・・ 芥川竜之介 「運」
ポチの鳴き声でぼくは目がさめた。 ねむたくてたまらなかったから、うるさいなとその鳴き声をおこっているまもなく、真赤な火が目に映ったので、おどろいて両方の目をしっかり開いて見たら、戸だなの中じゅうが火になっているので、二・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・などとその肩まで揺って呼びかけても、フランシスは恐しげな夢からさめる様子はなかった。青年たちはそのていたらくにまたどっと高笑いをした。「新妻の事でも想像して魂がもぬけたな」一人がフランシスの耳に口をよせて叫んだ。フランシスはついた狐が落ちた・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・勿論まるきり、その人たちに留めさせる事の出来ない事は、解って、あきらめなければならないまでも、手筈を違えるなり、故障を入れるなり、せめて時間でも遅れさして、鷭が明らかに夢からさめて、水鳥相当に、自衛の守備の整うようにして、一羽でも、獲ものの・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・で、時々目がさめたように、パッと羽を光らせるが、またぼうとなって、暖かに霞んで飛交う。 日南の虹の姫たちである。 風情に見愡れて、近江屋の客はただ一人、三角畑の角に立って、山を背に繞らしつつ彳んでいるのであった。 四辺の長閑かさ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・目はさめていると姉に思わせるために、頭を枕につけていながらも、口のうちでぐどぐどいうている。 下部屋の戸ががらり勢いよくあく音がして、まもなく庭場の雨戸ががらがら二、三枚ずつ一度に押しあける音がする。正直な満蔵は姉にどなられて、いつもの・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・湯がさめてしまった、佐介、茶にしろよ」 父はますますむずかしい顔をしている。なるほど平生おれに片意地なところはある、あるけれども今度の事は自分に無理はない、されば家じゅう悦んで、滞りなく纏まる事と思いのほか、本人の不承知、佐介も乗り気に・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・その全体において、さきに劇場にいる友人に紹介した時よりも熱がさめていたので、調子が冷静であった。無論、友人に対する考えと先輩に対する心持ちとは、また、違っていたのだ。ただ、心配なのは承知してくれるか、どうかということだ。「もう、書けたの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、外国でオルガンを習ったり、ピアノを聞いたりして、たいそう自分が音楽が上手になって、人々からほめられたような夢を見ておおいに喜ぶと、夢がさめて驚いたことがありました。 * * * * * 初夏のある・・・ 小川未明 「赤い船」
出典:青空文庫