・・・ こう新七は言って、小竹の旦那として母と一緒に暮した時代のことを振返って見るように、感慨の籠った調子で、「今度という今度は私も眼がさめました。横内にしろ、日下部にしろ、三枝にしろ、それから店の番頭達にしろ、あの人達がみんな私から離れ・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 夜中に、ふと眼がさめた。まっくらである。数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに気附いてはっとした。しまった! いけねえ! ああ、このような経験を、私はこれま・・・ 太宰治 「朝」
・・・ちょっと悪夢からさめたような感じもする。尤この頃自分で油絵のようなものをかいているものだから、色々の人の絵を見ると、絵のがらの好き嫌いとは無関係な色々のテクニカルな興味があるのである。実際どれを見ても、当り前な事だが、みんな自分よりは上手な・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・勤め人の主は、晩酌の酔がまださめず、火鉢の側に胡座をかいて、にやにやしていた。「どうして未だなかなか。」「七十幾歳ですって?」「七十三になりますがね。もう耳が駄目でさ。亜鉛屋根にパラパラと来る雨の音が聞えなくなりましたからね、随・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ と、母親がいった瞬間、夢からさめたようになった。「おれ、いやだっていったじゃないか」 しかし倅のつっけんどんな返辞にもさからわず、母親はだまっていま一服つけ、それからまた浮かぬ顔で仕事をはじめている。それが三吉にはよけいうっと・・・ 徳永直 「白い道」
・・・、七日七夜、椽の下でお通夜して、今日満願というその夜に、小い阿弥陀様が犬の枕上に立たれて、一念発起の功徳に汝が願い叶え得さすべし、信心怠りなく勤めよ、如是畜生発菩提心、善哉善哉、と仰せられると見て夢はさめた、犬はこのお告に力を得て、さらば諸・・・ 正岡子規 「犬」
・・・ 今度は、とのさまがえるは、だんだん色がさめて、飴色にすきとおって、そしてブルブルふるえて参りました。 あまがえるはみんなでとのさまがえるを囲んで、石のある処へ連れて行きました。そして一貫目ばかりある石へ、綱を結びつけて「さあ、・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 一寝いりして目がさめかけたらまだ列車は止っている。隣の車室へ誰か町から訪ねて来て、 ――今ここじゃ朝の四時だよ、冗談じゃない! 男の声がした。時計また二時前進。今度の旅行には時間表が買えなかった。大きい経済地図があるのを鞄から・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・目がさめておったら、水も汲んでやろう。じゃが枕を足蹴にするということがあるか。このままには済まんぞ」こう言って抜打ちに相役を大袈裟に切った。 小姓は静かに相役の胸の上にまたがって止めを刺して、乙名の小屋へ行って仔細を話した。「即座に死ぬ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・のみが「世界じゅうで盲目からさめた唯一の存在」であって、あらゆる価値はそこから生み出される。自然において人間が美を感ずるのは人間が自らの内にある美を自然物に投げかけるからである。すなわち自然の美とは、「無常無情の自然物と人間の心とが合致して・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫