・・・三には淫乱なれば去る。四には悋気深ければ去る。五に癩病などの悪き疾あれば去る。六に多言にて慎なく物いひ過すは、親類とも中悪く成り家乱るゝ物なれば去べし。七には物を盗心有るを去る。此七去は皆聖人の教也。女は一度嫁して其家を出されては仮令二度富・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・の恐怖を去る事は出来ん。死を怖れるのも怖れぬのも共に理由のない事だ。換言すれば其人の心持にある。即ち孔子の如き仁者の「気象」にある。ああ云う聖人の様な心持で居たらば、死を怖れて取乱す事もあるまい。人生の苦痛に対しても然り、聖人だって苦痛は有・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・(娘去る。主人は両手にて顔を覆いいる。娘の去るや否や、一人の男直に代りて入来る。年齢はおよそ主人と同じ位なり。旅路にて汚れたりと覚しき衣服を纏いいる。左の胸に突込んだるナイフの木の柄現われおる。この男舞台の真中男。はあ。君はまだこの世に・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・波の上に飛びかう鶺鴒は忽ち来り忽ち去る。秋風に吹きなやまされて力なく水にすれつあがりつ胡蝶のひらひらと舞い出でたる箱根のいただきとも知らずてやいと心づよし。遥かの空に白雲とのみ見つるが上に兀然として現われ出でたる富士ここからもなお三千仞はあ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・そして私はその三年目、仕事の都合でとうとうモリーオの市を去るようになり、わたくしはそれから大学の副手にもなりましたし農事試験場の技手もしました。そして昨日この友だちのない、にぎやかながら荒さんだトキーオの市のはげしい輪転機の音のとなりの室で・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ トーマス・マン夫妻は、おりからスイスに講演旅行に出かけていてエリカとクラウスとは、もう一刻も安住すべきところでなくなったドイツを去る決心をなし、スイスの両親にそちらにとどまるようにと電報して、ただちにスイスのアローザへおもむいた。こう・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・に出版権にからまる絶え間ない訴訟事件があり、代議士立候補のための、進んでは大臣になるための政見を発表し、しかも時々バルザックは一八二五年の破局にもこりず熱病にかかったように大仕掛の企業欲にとりつかれ、サルジニアの銀鉱採掘事業や、或る地勢を利・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・は、フランス文学の中でのデエヴィッド・カッパアフィルドと云われている作品であるけれども、この忘れ難い小説の前編の中ごろ以下、サルランド中学校の若い生徒監としてプチ・ショウズが経験する野蛮と冷酷と利己の環境は、とりも直さずプチ・ショウズととも・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・犬死と知って切腹するか、浪人して熊本を去るかのほか、しかたがあるまい。だがおれはおれだ。よいわ。武士は妾とは違う。主の気に入らぬからといって、立場がなくなるはずはない。こう思って一日一日と例のごとくに勤めていた。 そのうちに五月六日が来・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 医師が去ると、彼は電燈を消して燭台に火を点けた。 ――さて、何の話をしたものであろう。 彼は妻の影が、ヘリオトロオプの花の上で、蝋燭の光りのままに細かく揺れているのを眺めていた。すると、ふと、彼は初めて妻を見たときの、あの彼女・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫