この月の二十日前後と産婆に言われている大きな腹して、背丈がずんぐりなので醤油樽か何かでも詰めこんでいるかのような恰好して、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣の小ぎれを買いに出て行った。――もう三月一日だった。二三・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・古い達磨の軸物、銀鍍金の時計の鎖、襟垢の着いた女の半纏、玩具の汽車、蚊帳、ペンキ絵、碁石、鉋、子供の産衣まで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・北さんも中畑さんもよろこんで、立派な産衣を持って来て下さった。 今は、北さんも中畑さんも、私に就いて、やや安心をしている様子で、以前のように、ちょいちょいおいでになって、あれこれ指図をなさるような事は無くなった。けれども、私自身は、以前・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・私は、しつこく賛意を求めた。少年は顔を挙げ、ごはんを呑み込んでから言った。「ヴァレリイってのは、フランスの人でしょう?」「そうだ。一流の文明批評家だ。」「フランスの人だったら、だめだ。」「なぜ?」「戦敗国じゃないか。」少・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・それでなくても乏しかった衣類の、大半を、戦火で焼いてしまったので、こんど生れる子供の産衣やら蒲団やら、おしめやら、全くやりくりの方法がつかず、母は呆然として溜息ばかりついている様子であるが、父はそれに気附かぬ振りしてそそくさと外出する。・・・ 太宰治 「父」
・・・叱られるのは、いやな事ゆえ、筆者も、とにかく初枝女史の断案に賛意を表することに致します。ラプンツェルは、たしかに、あきらめを知らぬ女性であります。死なせて下さい、等という言葉は、たいへんいじらしい謙虚な響きを持って居りますが、なおよく、考え・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・日本の所謂先覚婦人は、兎角、青年自らの発言に耳を傾けるより先ず先に、此等の種類の言葉に賛意を表します。彼女等の権威と他人の権威とは奇妙な価値判断の錯誤に陥ります。過去は尊ばるべきものでございます。その価値は、嘗て刹那の「今」であったと申す点・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫