・・・っているもので、霊顕すこぶるあらたかの由、湖上往来の舟がこの廟前を過ぐる時には、舟子ども必ず礼拝し、廟の傍の林には数百の烏が棲息していて、舟を見つけると一斉に飛び立ち、唖々とやかましく噪いで舟の帆柱に戯れ舞い、舟子どもは之を王の使いの烏とし・・・ 太宰治 「竹青」
・・・戯談に書いたり、のんきに戯れたりしていることばかりである。三十四五年――七八年代の青年を描こうと心がけた私は、かなりに種々なことを調べなければならなかった。そのころの青年でも、もう私の青年時代とは、よほど異った特色やらタイプやらを持っていた・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・これも造化の戯れの一つであろうという評判であった。 ある時、友人間でその噂があった時、一人は言った。 「どうも不思議だ。一種の病気かもしれんよ。先生のはただ、あくがれるというばかりなのだからね。美しいと思う、ただそれだけなのだ。我々・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・一段降りて河畔の運動場へ出ると、男女学生の一と群が小鳥のごとく戯れ遊んでいた。男の方がたいてい大人しくしおらしくて女の方がたいて活溌で度胸がいいのがこうした群に共通な現象のようである。神代以来の現象かもしれない。カメラを持った男のきっと交じ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・しかしそれはいずれも三十前後の時の戯れで、当時の記憶も今は覚束なく、ここに識す地名にも誤謬がなければ幸である。 真間川の水は堤の下を低く流れて、弘法寺の岡の麓、手児奈の宮のあるあたりに至ると、数町にわたってその堤の上に桜の樹が列植されて・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・初緑らの一群は声高に戯れながら去ッてしまッた。「吉里さん、吉里さん」と、呼んだ声が聞えた。善吉は顔を水にしながら声のした方を見ると、裏梯子の下のところに、吉里が小万と話をしていた。善吉はしばらく見つめていた。善吉が顔を洗い了ッた時、小万・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一 女子は稚時より男女の別を正くして仮初にも戯れたることを見聞しむべからず。古への礼に男女は席を同くせず、衣裳をも同処に置ず、同じ所にて浴せず、物を受取渡す事も手より手へ直にせず、夜行時は必ず燭をともして行べし、他人はいふに及ば・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・彼はこの歌に題して「戯れに」といいしといえども「戯れ」の戯れに非るはこれを読む者誰かこれを知らざらん。しかるをなお強いて「戯れに」と題せざるべからざるもの、その裏面には実に万斛の涕涙を湛うるを見るなり。吁この不遇の人、不遇の歌。 彼と春・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 仔犬は、鳴きもせず、怯えた風もなく、まるで綿細工のようにすっぽり白い尾を、チぎれそうに振り廻して、彼の外套の裾に戯れて居る。 私は、庭下駄を突かけてたたきに降りた。そして「パッピー、パッピー」と手を出すと、黒いぬれ・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ この古今未曾有の荘厳な大歓迎は、それは丁度、コルシカの平民ナポレオン・ボナパルトの腹の田虫を見た一少女、ハプスブルグの娘、ルイザのその両眼を眩惑せしめんとしている必死の戯れのようであった。 こうして、ナポレオンは彼の大軍を、いよい・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫