・・・具体的から抽象的に移る道を明けてやらないで、いきなり純粋な抽象的観念の理解を強いるのは無理である。それよりもこうすればうまく行ける。先ず一番の基礎的な事柄は教場でやらないで戸外で授ける方がいい。例えばある牧場の面積を測る事、他所のと比較する・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・それかと云ってマスクをやめろと人に強いる勇気もない。ただ世の中にマスク人種と非マスク人種との存在する事実を実に意味の深い現象としてぼんやり眺めているばかりである。 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 今はどうか知らないが昔の田舎の風として来客に食物を無理強いに強いるのが礼の厚いものとなっていたから、雑煮でももう喰べられないといってもなかなかゆるしてくれなかったものである。尤も雑煮の競食などということが普通に行われていた頃であるから・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・ そうかと云ってまた無理やりに嫌がる煎薬を口を割って押し込めば利く薬でももどしてしまい、まずい総菜を強いるのでは結局胃を悪くし食慾を無くしてしまうのがおちである。下手なレビューを朝から夜中まで幕なしに見せられるようなものであろうと思われ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・「罪ありと我を誣いるか。何をあかしに、何の罪を数えんとはする。詐りは天も照覧あれ」と繊き手を抜け出でよと空高く挙げる。「罪は一つ。ランスロットに聞け。あかしはあれぞ」と鷹の眼を後ろに投ぐれば、並びたる十二人は悉く右の手を高く差し上げ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・それから頻りに僕に発句を作れと強いる。其家の向うに笹藪がある。あれを句にするのだ、ええかとか何とかいう。こちらは何ともいわぬに、向うで極めている。まあ子分のように人を扱うのだなあ。 又正岡はそれより前漢詩を遣っていた。それから一六風か何・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・私は忠告がましい事をあなたがたに強いる気はまるでありませんが、それが将来あなたがたの幸福の一つになるかも知れないと思うと黙っていられなくなるのです。腹の中の煮え切らない、徹底しない、ああでもありこうでもあるというような海鼠のような精神を抱い・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・けれどもこういうやりかたをいままでのほかの人たちに強いることはいけない。あの人たちは、ああいう風に酒を呑まなければ、淋しくて寒くて生きていられないようなときに生れたのだ。 ぼくらはだまってやって行こう。風からも光る雲からも諸君にはあたら・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・女らしさというものの曖昧で執拗な桎梏に圧えられながら生活の必要から職業についていて、女らしさが慎ましさを外側から強いるため恋愛もまともに経験せず、真正の意味での女らしさに花咲く機会を失って一生を過す人々、または、女らしき貞節というものの誤っ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ はる子は、千鶴子が、過度に自分の言葉に重み、完成さというようなものをつけ対手に印象を強いるような癖があるのなどもそんな故と思わぬではなかった。当然及ばぬものに向って背伸びするからと思うのであった。その日は、はる子が一緒に暮している圭子・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫