・・・ 同仁病院長山井博士の診断に従えば、半三郎の死因は脳溢血である。が、半三郎自身は不幸にも脳溢血とは思っていない。第一死んだとも思っていない。ただいつか見たことのない事務室へ来たのに驚いている。―― 事務室の窓かけは日の光の中にゆっく・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 死因は黄疸だったときく。黄疸は戦争病の一つだということだ。新大阪新聞に連載されていた「ひとで」は武田さんの絶筆になってしまったが、この小説をよむと、麹町の家を焼いてからの武田さんの苦労が痛々しく判るのだ。不逞不逞しいが、泣き味噌の武田・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・永年の持病の脚気が死因だった。鎌倉へも二度来た。二度目はこの三月で、私の部屋借りの寺へ二晩泊って上機嫌で酒を飲んで弟にお伴されて帰って行ったが、それが私との飲み納めだった。私は弟からの電話でこの八日に出てきたが、それから六日目の十三日に父は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ほんとうの死因、それは私にとっても五里霧中であります。 しかし私はその直感を土台にして、その不幸な満月の夜のことを仮に組み立ててみようと思います。 その夜の月齢は十五・二であります。月の出が六時三十分。十一時四十七分が月の南中す・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・勿論子音の排列分布もかなり大切ではあるが、日本語の特質の上からどうしても子音の役割は母音ほど重大とは考えられない。これがロシア語とかドイツ語とかであってみれば事柄はよほどちがって来るが、それでも一度び歌謡となって現われる際にはどうしても母音・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・それは如何なる点に存するか明白に自覚し得ないが、やはり子音母音の反復律動に一種の独自の方式があるためと思われる。ともかくもその効果はこの作者の歌に特殊の重味をつける。どうかするとあまりに重く堅過ぎるように私には思われる事もあるが、考えてみる・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・これはいずれも母音で始まり、次に子音で始まる綴音が来る。終わりのnは問題外とする。 一般に母音で始まり次にいずれか任意の一つの子音の来る場合が火山の表中で何個あるかを数えてみる。この数を N(VC) で表わす。するとこの中である特定の一・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・しかしよく聞いてみると、だいたいの音の抑揚と律動が似ているだけで、母音も不完全であるし、子音はもとより到底ものになっていない。これは鳥と人間とで発声器の構造や大きさの違うことから考えて当然の事と思われる。問題はただ、それほど違ったものが、ど・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・日本人は子音の重なるのは不得意だから st がsになることは可能である。漆喰が stucco と兄弟だとすると、この説にも一顧の価値があるかもしれない。ついでに (Skt.)jval は「燃える」である。「じわりじわり」に通じる。 なす・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・それはわれわれの言語を組み立てている因子の中でも最も重要な子音のあるものの発音に必須な器械の一つとして役立つからである。これがないとあらゆる歯音が消滅して言語の成分はそれだけ貧弱になってしまうであろう。このように物を食うための器械としての歯・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫