・・・夏二た月の逗留の間、自分はこの花瓶に入り替りしおらしい花を絶やしたことがなかった。床の横の押入から、赤い縮緬の帯上げのようなものが少しばかり食みだしている。ちょっと引っ張ってみるとすうと出る。どこまで出るかと続けて引っ張るとすらすらとすっか・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・とあやまる。しおらしいのが、しまに決して快くなかった。 その年の冬のことであった。勇吉の近所で青年団の集まりがあった。村の暮しは単調で、冬はなお更ものうい。よい機会さえあれば、男はみな酒を飲みたがる。青年団の集まりなど申し分ない口実・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・のシュトラウス夫人では、阿蘭とはちがった、小川のような女心の可憐なかしこさ、しおらしい忍耐の閃く姿を描き出そうとしているのだが、その際、自分の持っている情感の深さの底をついた演技の力で、そういう人柄の味を出そうとせず、その手前で、いって見れ・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・けれども命までもと誓ったあのしおらしい情のつよい女のどうして自分のみじめな死様を見てそのまんまで居られるものか、 と思って、あの美くしいまだ世間知らずの若い恋を知りはじめたばかりの様な女をおしげもなく散らしてしまうと云うことはあんまり惨・・・ 宮本百合子 「死に対して」
・・・ その熱と、その水とに潤されて、地の濃やかな肌からは湿っぽい、なごやかな薫りが立ちのぼり、老木の切株から、なよなよと萌え出した優雅な蘖の葉は、微かな微かな空気の流動と自分の鼓動とのしおらしい合奏につれて、目にもとまらぬ舞を舞う。 こ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・その花は白粉の花に似て女らしいしおらしい花である。色は白紅淡紅でさし渡しは五分位、白い花のまん中に一寸と茶色の紋があるのなんかはものずきな御嬢さんが見つけたらキッとつまないではおかないほど人なつっこい花である。「どうして生えたんだろう。・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・外の女達はしずんだかおをして居ながら――又経をくりかえしながら退屈しのぎに時々は低い声でしゃべって居たけれ共、紅一人は持仏の室に入ったきり夜一夜かねをならし、通る細いしおらしい声で経をよんで居た。経の切れ目切れ目にはかすかに啜泣きするらしい・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 兄達が毬投げなんかすると、木のかげや遠くの方にそれて行ったのを拾う役目を云いつかって音なしく満足してやって居るので、しおらしい感じを起させた。 私が出て行って、何か云おうとすると、はにかんでさっさと逃げて行ってしまうので、一度も落・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ お玉杓子が湧き、ちゃくとり――油虫の成虫――がわやわや云いながら舞いさわぐ下の耕地にはペンペン草や鷺苔や、薄紫のしおらしい彼岸花が咲き満ちて、雪解で水嵩の増した川という川は、今までの陰気に引きかえまるで嬉しさで夢中になっているようにみ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ お妙ちゃん――雛勇はん――斯のどっちからよんでも何となくしおらしい舞子は私の若いおどるような心の中にあったかい、そして□(たない思い出をきざんで呉れたのであった。 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫