・・・デカルトが clare et distincte[明晰判明]という所に、既に視覚的なものがある。優れたフランスの思想家の書いたものには、ショペンハウエルが深くて明徹なスウィスの湖水に喩えたようなものが感ぜられる。私はアンリ・ポアンカレのもの・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・そこでニイチェを理解するためには、読者に二つの両立した資格が要求される。「詩人」であつて、同時に「哲学者」であることである。純粋の理論家には、もちろんニイチェは解らない。だが日本で普通に言はれてるやうな範疇の詩人にも、また勿論ニイチェは理解・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。町には何の異常もなく、窓はがらんとして口を開けていた。往来には何事もなく、退屈の道路が白っちゃけてた。猫のようなものの姿は、どこにも影さえ見えなかった。そしてすっかり情態が一変・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 窓によって限られた四角な空! 夜になると浅い眠りに、捕縛される時の夢を見る。眠りが覚めると、監獄の中に寝てるくせに、――まあよかった――と思う。引っ張られる時より引っ張られてからは、どんなに楽なものか。 私は窓から、外を眺めて・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・今の百姓の子供に、四角な漢字の素読を授け、またはその講釈するも、もとより意味を解すものあるべからず。いたずらに双方の手間潰したるべきのみ。古来、田舎にて好事なる親が、子供に漢書を読ませ、四書五経を勉強する間に浮世の事を忘れて、変人奇物の評判・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・その後僕は君と交っている間、君の毒気に中てられて死んでいた心を振い起して高い望を抱いたのだが、そのお蔭で無慙な刺客の手にかかって、この刃を胸に受けて溝壑に捨てられて腐ってしまったのだ。しかし君のように誰のためにするでもなく、誰の恩を受けるで・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。○くだものと気候 気候によりてくだものの種類または発達を異にするのはいうまでもない。日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・友達が醵金して拵えてくれた石塔も立派に出来た。四角な台石の上に大理石の丸いのとは少としゃれ過ぎたがなかなか骨は折れて居る。彼らが死者に対して厚いのは実に感ずべき者だ。が先日ここで落ちあった二人の話で見ると、石塔は建てたが遺稿は出来ないという・・・ 正岡子規 「墓」
・・・老人は蘆の中につくられた四角なくぐりを通って家の横に出た。二人はみちから家の前におりた。(とき、とき、お湯持って来老人は叫んだ。家のなかはしんとして誰も返事をしなかった。けれども富沢はその夕暗と沈黙の奥で誰かがじっと息をこらして聴き耳を・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
出典:青空文庫